あーとランダム

現代アートを中心に活動している原田文明の公式サイトとブログ
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# 東京リアルタイム

 

東京っておもしろいもので常にリアルタイムという感じが岩国から見ると何とも不思議なのだ。

新幹線で移動中、何げなくツイッターを見ているとタイムラインに憲法学者・木村草太のコメントが上がってきた。よく見ると本日、八重洲ブックセンターで『ブラック部活動』を出版したばかりの社会学者・内田良と17時から対談するとのこと。

 

銀座の画廊を4時に切りあげて移動すれば調度いいタイミングなので東京駅で降りてブックセンターの8階へ行って聞いてみると『ブラック部活動』を購入していただければ自由に入れるとのこと。

一冊買って入ってみると二人がちゃんと来ているではないか。入場者もあっという間に50人くらいいて調度いい講演となりレベルも高いしおもしろいのだ。

つまり、その辺でその時にやっているものをSNSで情報をキャチすればすぐに参加できるのだ。

こんなことは岩国では考えられないことなのである。それは其れは、実に不思議なことなのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 15:03 | category: 日記 |
# 浅野輝一展

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27日の日曜日、久しぶりに上京して浅野輝一の個展をみた。浅野さんにお会いするのは2010年の神楽坂でやったぼくの個展のときか、いつか新宿で落ち合ったようにも思うのだが・・・

だが、彼の実作品を拝見するのはぼくが美術文化を退会して以来だからかなりの久方ぶりとなる。その展覧会の他にも八島正明、小島喜八郎らとともに「リアリズムの分岐」展と称して銀座や日本橋の画廊で4人展をしていた仲間でもある。彼らとはひとまわりも若かったぼくは彼らから多大な影響をうけ計り知れないくらい色々なことを教えていただいた。

小島喜八郎は10年くらい前に残念ながら亡くなったけれど、埼玉県立近代美術館で行なわれた遺作展を観ることはできた。

年齢を重ねると誰でもそうかもしれないけれど、会える時には会っておきたいものである。

 

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35年ぶりに拝見する浅野輝一の作品は当時の内向的なイメージとは違っていて、かなり抒情性を加味してある意味で願望のような作品になってきたように思えた。以前のように直線的でストレートな表現ではなく曲線的要素とともにポエティックな深みが色彩やフォルム、画面構成において強調されてきたように感じたのはどういうことだろう。

 

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小学校の教員を長く勤めあげた奥さんと医者となった息子さんにもお会いできて、嬉しくも楽しい時間を過ごすことができて良かった。この日は最終日で4時で終了ということは分かっていたしぼくは最終4時でその画廊を切り上げた。

 

久しぶりに会う浅野輝一はやはり作家の眼をしていた。相変わらず大きな地声は健在で健康そうでもあった。偶然にもその画廊でお会いしたかつての同僚Kはもう現役の眼をしてはいなかったし正直なものだなあと感じいった。

あらためてぼくは若いころから小島喜八郎に云われてきた「研ぎ澄まされた感性の持続こそが作家生命を維持する」という言葉を思い出していた。

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 14:00 | category: 日記 |
# 三倉岳


最近、描き上げた徳田画伯の『三倉岳』F6号

|comments(0) | trackbacks(0) | 13:16 | category: 美術教室 |
# 美術教室

原田美術教室 / 案内



受験コース

このコースでは多様化する今日的な美術の状況と受験の現実をふまえて、一人一人の個性を大切にし、造形美術の基礎的な取り組みから<見る><つくる(描く)><感じる>力を育てます。
具体的には鉛筆・木炭デッサン、油彩、水彩を中心に受験対策と徹底した基礎を学びます。また、 発想の展開、表現することの意義深さ面白さを<考える>ことから柔軟で力強い造形力がつくよう親切に指導します。




児童コース

子どもたちと一緒にいろいろな活動をしていて思うのは、考えることや感じることより先に知識(情報)を得ることに関心をもちすぎる気がします。
このコースでは、絵画や粘土遊びの他に木や金属、紙、ガラス、石などといった色々な材料にふれることを通して作品の制作に取り組みます。
造形あそびの楽しさは、ただ作品を完成することだけではなく、つくる課程で何を感じ何を考えるかということ。子どもと一緒にその創意と可能性について考えながら、道具や素材に親しむことから親切な指導をしていきます。
秋のスケッチや夏の野外あそびなどのほか、定期的に展覧会「TRY展」を開催して、
教室で制作した作品を発表します。




一般コース

文化的な営み、活力と潤いのある生活。
このコースでは、はじめての人から県美展や市美展をはじめ他の美術コンクールなどで入選入賞を果たしている人、あるいは国籍・性別・年令を問わず色々な人を対象としています。内容も油彩・水彩・アクリル画と色々ですが、人と人、表現と表現のふれあう中で、テクニックだけではなく絵を描くことで何を発見できるか、ということを問いつづけています。
また、 秋のスケッチ、美術鑑賞などのほか「絵画のいろは」展「グループ小品」展をビエンナーレ形式で交互に開催し
教室での制作発表をしています。




 

 

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 17:28 | category: インフォメーション |
# ぶどう


中澤さんの描いた『ぶどう』。なかなかしぶいです。



これはスミさんの『ぶどう』。あっけらかんとしていて独特のおもしろさがあります。



この構図より前の方がプリミティブな感じでいいですね。


|comments(0) | trackbacks(0) | 21:03 | category: 美術教室 |
# 子どものクラス



久しぶりに顔を合わせた子どものクラス。夏休みも後半に入って顔の色も結構色っぽくなっています。



今日はキュウリを並べて描いてみました。



こんなことをしている子もいます。いつの時代にも必ずいますこういうタイプ。




今日は3人がお休みでしたが秋の作品展が楽しみです。







|comments(0) | trackbacks(0) | 22:00 | category: 美術教室 |
# 二人の「人生ものがたり」

 

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風が吹けば、枯葉が落ちる。

枯葉が落ちれば、土が肥える。

土が肥えれば、果実が実る。

こつこつ、ゆっくり。

人生、フルーツ。

 

何回か繰りかえされるこの言葉。

昨日は、いま話題の映画『人生フルーツ』(伏原健之監督作品、東海テレビ制作)を広島八丁座にて鑑賞するために広島まで車を走らせる。いつもの駐車場に車を入れてPARCO辺りをぶらつくと岩国とは違って若い人が多いのにおどろく。それにおしゃれを楽しんでいる人も多い気がする。

買い物をすませて八丁座に行くと、ここにはぼくたちとほぼ同世代の人がほとんどで若い人はちらほらという感じである。

 

「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」建築家のル・コルヴィジェの言葉だ。

このドキュメント映画は、日本住宅公団のエースとして阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地などの都市計画に携わってきた建築家津端修一さん夫妻の暮らしぶりを記録したものである。

1960年代、風の通り道となる雑木林を残し、自然との共生を目指した春日井市高蔵寺ニュータウンを計画。けれど、経済優先の時代はそれを許さず、完成したのは理想とはほど遠い無機質な大規模団地。

津端修一(しゅういち)さんと妻の英子(ひでこ)さんはこのニュータウンの一角に300坪の土地を購入し師となる建築家アントニン・レーモンドの自邸に倣って家を建てコツコツと雑木林を育てはじめる。

 

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二人は果物や野菜など100種類もの作物を育てる。長年連れ添った夫婦の暮らしは、細やかな気遣いと工夫に満ちている。スローライフスタイル、かつての日本の里山の暮らしぶりに回帰するのではなく、団地に住む個々の住民がゆっくりとコツコツと暮らしはじめたらどうだろう、などと想像力を働かせ考えさせるのだ。

 

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そんな折、90を迎えた修一さんに新しい仕事がはいってくる。佐賀県伊万里市の医療法人「山のサナーレクリニック」の新しい施設「街のサナーレ・メンタルヘルス・ソリューションセンター」(敷地約2千平方メートルに木造平屋の4棟と菜園がある。訪問看護やカフェ、カウンセリング機能のある複合施設。うつ病や統合失調症を抱える人たちと健常者が共に農作業や作物の販売、接客などにあたる。)の建設計画だ。

豊かさとは何か、人が自然とともに快適に暮らすことができる環境を提言し、報酬は不要として早急にイメージをまとめる。完成されたものを与え受けとるのではなく、時間をかけて小さな苗木から育てることを提言する。

 

修一さんは畑仕事ののち、お昼寝をしてそのまま逝ってしまう。起きてこなかったのだ。

修一さんの死に顔がアップで長映しされる。不自然にも受けとれるこのシーンはきわめて印象的だ。

「修一さんに、おいしいものをもっとたくさん作ってあげればよかった」という英子さんの最後の言葉と、少し荒れた庭のシーンもいろいろなことを考えさせる。

この作品には市場経済最優先で行き詰った現在への問いが込められている、と云ってみたがここへきてむしろ老夫婦の丁寧な暮らしぶりと価値観が重く伝わってくる。

 

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小さな苗木は雑木林に成長し、畑では100種類もの野菜や果実が育つ。英子さんは、畑でとれた作物で修一さんに手料理をふるまう日々。彼女は「食は命」という。二人の家は30畳一間の丸太小屋。その暮らしはまるで現代の桃源郷のようでもある。二人は「年を重ねるごとに美しくなる人生にしたい」という。

やはり、この映画は二人の「人生のものがたり」というべきものかもしれない。

 

 

因みに、建築家の津端修一さんが「最後の仕事」として設計草案を手掛けたカフェや菜園を併設した施設=伊万里市二里町。

 

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|comments(0) | trackbacks(0) | 18:44 | category: 日記 |
# 小学中学の同窓会

 

 

 

昨日は3年ぶりの小学中学の同窓会。

先ずは物故者を偲んで1分間の黙とうで冥福を祈る。

いつもは30人程度の同窓生が集結するのだが、今回はどういうわけか集まりが悪く大きく下まわった。60才代最後の同窓会なのでもう少しは期待していたのだが、健康面の不安やいろいろな事情もあってやむなしと言ったところか、、、、、。

それでも、30年ぶりとの同窓生もいて一次会は大いに盛りあがり、あっという間の2時間が過ぎてしまった。

 

ひきつづき予定通りの二次会(カラオケ)の会場へ・・・

メンバーの一人が30パーセントオフの割引券をもっていてこれには幹事としては大いに助かった。

 

 

このたびの同窓会では、各自これまでをふり返っていただきおよそ50年の経緯を聞くことができてよかった。

同窓生同士が一人ひとり語っていくのだから意外な変遷ぶりもあっておもしろく懐かしさもこみあげてくる。

「あいつ、あんなにおしゃべりだったか?」「もういい、しつこすぎる」「ぶんめい、もうやめさせろよ・・・」などなど、遠慮のない声(ヤジ)があちこちから飛び交うのもおもしろいものだ。

 

 

可笑しかったのは女子たちだけに向かって話す奴がいて「俺たちにケツ向けてこの野郎、前に出て喋れや!」などなど。

こんな調子だから、あっという間に2時間は過ぎてしまうのである。

 

最後は記念撮影でハイポーズ。次の再会を約束して一次会を締めとした。次回は4年後、ちょうど70才の古希ということで地元をはなれ宝塚市在住のNくんが関西方面でお世話することに決定・・・。これはまた楽しみなことであ〜る。

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 15:06 | category: 日記 |
# 孫と描く


孫のタイちゃんと描く石川さん。結構、集中してタイちゃんはおもしろい虫の絵を描きました。



|comments(0) | trackbacks(0) | 21:28 | category: 美術教室 |
# 里の四季4部作



 

玉井康子さんの『里の四季』4部作が仕上がりました。

なかなか良いですよ。

ついでにこれ県美展に持って行ってみるかなぁ!おもしろいかも、、、、、

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 16:55 | category: 美術教室 |
Archives
Profile

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現況2012展[シンフォニア岩国]
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Wall of the bamboo[2010 周東パストラルホール]

bummei HARADA 「具体絵画の断面 part4」展/2010年1月

路地プロジェクト2010/古着、メッシュ、イルミネーション/周東パストラルホール

WORK 作品 / 1992 / 185x185 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞ほか [現代日本美術展]

WORK 作品 / 1992 / 230x400 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞、染料ほか

COUPLING/1996/秋穂産御影石、コールテン鋼/山口県セミナーパーク

Art document 2004 KINTAIKYO project (総合ディレクター、アーティスト)
祈りプロジェクト/Art document 2004 KINTAIKYO project

錦帯橋の架かる錦川の中流に美川という山間の小さな町がある。かつては川を行き来する“物資輸送の中継地”として、また一時期は“鉱山の町”として栄えた。その町で子ども時代を過ごした私はこの川で育ったといっていい。
夏は一日中、川で魚をとったり泳いだりして遊んだ。大雨の時には川は豹変し、化け物のような濁流となって恐ろしく大きな被害を残した。私が子どもの頃の冬は、まだ雪も多く降っていて、手の切れるような冷たい水の中で、和紙の原料となる楮の皮を剥いた白い材料を浸している大人たちを見ていた。川の一部は凍りつき小雪が降りつづいていた。
川の移ろいに四季を感じ、あるいはこの川と一体となっていたのかもしれない。“エンコウの話”や“かっぱ伝説”を聞かされ、川の怖さ、面白さ楽しさが原体験として身体に染みついている。
記憶の一つに、夏に行われていた“万灯(まんどう)流し”がある。当時は、わら束を円形に形づくり木の枝で三脚を立てて器を支え、たい松を燃やして川に流していたものである。儀礼的な意味としてではなく、ただ非日常的な美しさが記憶に残っている。
振り返ってみれば、この川の自然の様相も私たちの生活の営みとしての文化の「流れ」とともに変ってしまった。“祈りプロジェクト”は、そうした子ども時代の原体験が記憶の底、あるいは意識の底から起きてきたのかもしれない。それとも、これまでの「流れ」の中で失いかけていた祈りの気持ちをあらためて考えたいと願っていたのかもしれない。
平成の架け替えで、錦帯橋は2004年3月に新しく生まれ変わった。この作品は解体された錦帯橋の材料を物質として残すのではなく、錦川の流れに沿って移ろうままにつながれた水上の炎で消滅させ、生まれ変わった橋を照らしだす仕組みとなっている。
私は自らの原体験とあわせて「流れ」と「祈り」そのものに向き合い、私の現在を見つめようとしたのだろうか。それとも、炎として燃え上がる物質の消滅を見つめ精神の回復を願ったのだろうか。
眼前の流れを見つめながら・・・。 

流れ / 2003 / Art move 2003 〈IWAKUNI〉“表現の成り立ち”
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原田美術教室研究生募集中
表現の可能性を考え、個性をひきだすユニークな美術教室

受験コース

このコースでは多様化する今日的な美術の状況と受験の現実をふまえて、ひとりひとりの個性を大切にし、造形美術の基礎的な取り組みから、「見る」「感じる」そして「描く」力を育てます。また、発想の展開や表現することの意義深さ面白さを深く「考える」ことを通して、柔軟で力強い造形力がつくよう親切に指導しています。

児童コース

このコースでは遊び心を大切にして、いろいろな作品の制作に取り組みます。造形美術の楽しさは、ただ作品を完成することだけではなく、つくる過程で何を感じ、また何を考えるかということ。子どもたちと一緒にその創意と可能性について考えながらしんせつに指導しています。

一般コース

文化的な営み、活力と潤いのある生活。このコースでは、はじめての人から県美展や市美展をはじめ他の美術コンクールなどで入選入賞を果たしている人、あるいは国籍・性別・年令を問わず色々な人を対象としています。内容も油彩・水彩・アクリル画と色々ですが、人と人、表現と表現のふれあう中で、テクニックだけではなく絵を描くことで何を発見できるか、ということを問いつづけています。
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絵画のいろは展2015

2015年10月21日wed〜25日sun 10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室
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この展覧会は隔年(ビエンナーレ)形式で開催する「絵画のいろは展」と称するグループ展で、今回は第13回展となります。 本展は絵を描きはじめて間もない人から山口県美術展覧会、岩国市美術展覧会をはじめ他の美術コンクールなどで活躍している人、またこれから美大、芸大を受験する高校生や中学生を含む原田美術教室の研究生約20数名による油彩、水彩、アクリル、鉛筆・木炭デッサンなど100点で構成するものです。 今日、私たちは過剰な情報(メディア)と過剰な消費の現実を迎え、アイデンティティーの喪失感と実感(リアリティー)の質的変化の状況に直面し混乱を招いています。 「絵画のいろは展」では日頃の研究成果を発表することと同時に、人と人、表現と表現のふれあいの中で単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるのか、その可能性と意味について考えています。絵画の“いろは”とは、このように制作上の技術の問題だけではなく、日常的な生活のあり方そのものへの問いかけに他ならないのです。 この展覧会が[文化的な営みと豊かさ]また[活力と潤いのある生活]とは何か、という問いについて考える契機となり、地域文化の向上と振興発展に寄与することが出来れば幸いです。
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グループ小品展2016

グループ小品展2016
2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員

この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015

2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。
里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」

本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。
岩瀬成子の本

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ちょっとおんぶ(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。
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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化賞大賞受賞作家による感動作!
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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。
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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化賞大賞受賞

クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞受賞
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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。
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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!


 『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)

大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代

基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。

偕成社から好評新刊発売中!

 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!
『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。
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