展評にかえて

  • 2018.10.13 Saturday
  • 19:58

 

2018年度のグループ小品展が滞りなく終了しました。今回の展覧会は台風25号の影響でやや天候が心配されましたが幸いにも大事に至らず充実したものとなりました。

かつて、この展覧会は集客500人超を誇っていましたが今では年々岩国の人口減少や高齢化とともにグループ会員も減少傾向とあっておよそ半数の250人程度までに低下する状況となっています。それでも岩国の現状からみるとそれなりに盛会だったといえるのかもしれません。

このように少子高齢化と文化活動を担う次世代の後継者不足はきわめて深刻な事態で切実な問題となっていることがよく分かります。

幸か不幸か、今回は大ホールや多目的ホールなどでの催し物がなかったこともあり、待ち時間のついでに拝見ということもなくいつになく落ち着いた雰囲気のなかで行われました。

いま一度、この展覧会をふりかえって個々の作品にふれてみたいと思います。

 

今回、初参加となった岩本さんは絵を描きはじめてまだ4〜5ヶ月といったところですが何とか参加できて本当に良かったと思います。この人については会場にコメントを添えていましたので“期待される新人”ということでお分かり頂けたかと思います。作品は鉛筆画ですがある程度“かたち“をとることもできるし前途有望です。今後どのように成長するかたいへん楽しみです。

また、お姉さんや身内の方々にもお会いできて良かったし職場の人たちにも可愛がられているようすも感じられました。これから色彩を使ってドンドン制作する予定ですが絵画表現の多様性と幅広い楽しみ方を知ってほしいと思います。

また、中村みどりさんの達磨はたいへん迫力がありました。昨年の「絵画のいろは展」では30号に一つの達磨を大きく描いていましたが今回は画面をたくさんの達磨で埋め尽くすことで絵画の質的な変化を引き出していました。意識的にそうしたのか分かりませんが確かにこのように均質化された空間が絵画表現の思いがけないおもしろさに発展することがあります。さらにもう一点、これから“金魚提灯”の60号を描いて先ずは県美展を目標に取り組んでいます。

昨年、大病を経験されたご主人ともお会いできて良かったし、これを機会に二人で他の展覧会も楽しめるようになるといいですね。いま開催中の山口県立美術館「日本の超絶技巧展」、これから開催される「雲谷等顔展」などおもしろいと思います。

石川さんは昨年の県美展で初入選されいよいよこれからというタイミングでしたが思いがけない病気でリタイヤを余儀なくされ、今春みごと復帰して徐々にペースを取り戻している最中ですがどうにか二点出品することができました。山口県美展の審査でおなじみの元永定正さんはこのようにおっしゃっています。

「がんばらんとがんばれ から元気も元気のうち 我流は一流(我流は誰に習う 自分に習う) 顔が心を表現している(あなたの顔も抽象画)」

すべて“か”ではじまる言葉です。あまり頑張りすぎないように頑張ってほしいものですが順調に回復しているようすが伝わってきました。

 

 

川部さんの今回の4点はいずれも完成度が高く良くできた作品といえます。ぼくはこの人に絵画のおもしろさと多様な表現を通して日常の価値観を少しずつ広げてみたいと考えているのです。おそらく本人も同じことを考えていると思いますがある程度それが器用にこなせるから逆にそのことを困難にしているかもしれません。今回は犬を描いたもの、白菜を描いたもの、ピーマンを描いたものと玉ねぎの作品の類と三種類の絵があったといえます。

つまり、丹念に見たままを再現しようとするもの、結果的に見えるものだけでなく見えないものが描かれたもの、そして造形的に遊びの要素を加えることで絵画の質的変容とその意味を探るもの、等々の作品があったように思うのです。見えないものとはどういうことかというと、例えば「不気味さとか異様さ」とでもいえそうな感じられるもののことですが、言葉にもならない混沌の中でこういう感覚を磨いていくとさらにおもしろくなると思います。

いつも元気な徳田さんは曰くつきの「ぶどう」の絵と「白川郷」のようすを描いた作品が好評で印象的でしたが、相変わらずのミーハー調でいろいろなモチーフに取りくみながら楽しんでいる感じがします。

それだけ好奇心があるということですが、ぼくはこの人に本当に絵画表現の楽しさ面白さに出会って欲しいと願っています。前回のこの展覧会では“絵画を測るモノサシ”ということで絵画の多様性と表現についてコメントしましたが絵画制作はそのつど更新されていく経験と発見の連続ともいえます。ますます、多様な絵画表現と可能性に興味をもって楽しんでほしいと思います。

 

ところで、今年のノーベル賞(医学、生理学)を受賞された本庶佑(ほんじょたすく)博士は「混沌」という言葉を好んで多くの研究者を励ましたとおっしゃっています。つまり、研究者は絶えず混沌の中に身をおきそのかけがえのない時間が大切で心地いいのだ、ともおっしゃっていました。

野原都の絵画もまさしく“混沌”の中にあるといえます。ひと頃は構成美やある種の緊張感を求めて絵画を制作してきたのですが“牡蠣殻”をモチーフにして描いた作品を契機に混沌の中に突入して右往左往いています。右往左往というともがき苦しんでいるように聞こえるかもしれませんがそうではなく寧ろ楽しんでいることでもあります。さらに更にきびしく自作と向き合ってほしいものです。

徳ちゃんこと徳川さんはどういうわけかこのところ富士山にはまっているようで、おもしろい写真や富士の絵を見つけてきてはそれを描いています。今回は冨士の作品2点に加えて曼珠沙華の風景、紅葉した風景、民話調の女性像など5作品が出品されていました。どこで見つけてくるのか分かりませんがどこからともなく見つけてきては本人曰く“燃えたぎる思い”がそれを描かせるらしいのです。前回は絹谷幸二画伯の派手な富士だったのですが今回は大観や大沢画伯の冨士がきっかけとなって燃えたぎったのだそうです。

永年、詩吟で鍛えてきたその咽で“うなり”が聞こえてきそうな絵を描いてほしいものですが、やはり好奇心旺盛で何となく“おもしろいもの”を求めて新しい表現(価値)を探そうとするところがあり視界は良好です。

 

藤本スミさんも鑑賞お助けメモ「進化する84歳」を会場に添えていたので制作のようすは理解していただけたかと思います。先にもふれたように高齢化が進む岩国においてぼくは技術ではなく絵画のおもしろさと楽しさをどのように気づいてもらえるかということ、さらにその可能性を感じてほしいと願っています。不思議なことにこのことは子どもたちに接する時も同じようにしている気がします。ときどき、子どもたちにもピカソやマグリット、ゴッホたちを紹介し模写もどきの課題を与えて楽しむことも同じ意図があります。

浜桐さんにも元永語録から“て”のつく言葉を紹介しましょう。

「展覧会終わってほっとしないこと でないとまた一にもどる 手慣れるとマイナスになる 天才でない人は一人もおらん」と。

昨年の県美で初出品初入賞を果たしたあとの“燃え尽き症候群?”がいけなかったかも・・・。とはいえ、いろいろな事情がかさなった中でのことだからやむなしというところか。

作品はやはり見ごたえのある50号で参加できてよかった。だが、実をいうとこれは未完の作品でいま制作中の50号とセットで完成させる構想があり今も懸命に制作中です。ますます貪欲に制作を進めてほしいと思います。

中澤さんはやや構図が小さくなる欠点がありましたがそれは何とか克服できたように思えます。もともと実直なところがあってやや画風もおとなしい気もしますが、大きなミカンを描いた作品がそのあたりの問題を払しょくする効果があってよかった。

若いころ、岩国の錦見におられた水彩画家の佐藤義男さんに学んだことがあるということでした。だからというわけではないけれど、ぼくはこの人に佐藤さんの画風の透明感を研究してほしいと思っています。佐藤さんの画風は大胆でいわゆる“塗のこし”がふんだんにある飄々とした画風で開放感のある心地よさが持ち味でもあったのですが、最近ではそういう画風はあまりみられなくなっています。

ぼくは中澤さんにその大胆で開放感のある水彩画を研究してほしいと願っているのですがそう簡単にはいきまへん(元永調)

 

 

さて、お楽しみの安永さんこの人は飛んでいる。何を考えているか分からないところがあっておもしろいです。それでも元永語録の中から紹介すると「下手は下手でええねん! 上手な人は下手に描けん 下手な鉄砲 数うちゃあたる」「ピカソも我流やで ひらめきがきらめきになるんや 火のおもしろさ、水のおもしろさ 光、水たまり、鼻の穴とか イメージは自然の中から出てくる」「わざと下手らしいのはいや」「好ききらいはしゃあない スランプはない 好きなことしたらええねん 好きなことは続く」等々。

作品はマンガ調の独特のもので元永語録をまっしぐら、鳥獣戯画もびっくりするくらい飛んでいるからいい。絶好調のまま突きすすんでほしいと思います。会場でもひときわ気になる作品でした。だけどこれからさきが問題、吉とでるか凶とでるか、それはなぜか分からないけど2020年のお楽しみ。

玉井さんは自ら学ぶことを学んでいただきたいと思っています。つまり、与えられること(指示)を待つのではなく、かなり自力もついているので貪欲に制作に向き合うことが大切になっています。

例えば、“モネの日の出”を研究するならその港のことや背景について調べて確認すること、換言すれば自ら研究してモネの表現を学び自分の作品を考える、とでもいうような自発的な取りくみということでもあります。あとは失敗を恐れないこととビビらないこと、絵の失敗は描きかえればいいだけのことだから・・・。車をぶつけることとは大違いです。

だけど、小さい筆を捨て大きい筆さばきで描くことを要求すると“渓流を描いた作品”のように大胆な作風になったようにも見えます。

 

 

いつだったか山本さんと自ら日本美術応援団を名乗る美術評論家の山下裕二さんと作家・美術家の赤瀬川原平さんの共著にある“乱暴力”について話したことがありました。雪舟や長谷川等伯らの作品にみられる大胆さと繊細さにふれ二人が対談するものだったが、山本さんの作品にも乱暴な要素を加えるとどんなことになるのだろうと考えたのです。

今回の出品された5点にもそういう要素が加えられたものがあったけれど案外うまくいっている感じがしました。

静物画のモチーフにポップな色彩感覚と乱暴力を加味するとどうなるか、そういう好奇心から生まれた作品は思いがけないモダンな現代絵画として成り立っています。

今はさらに画面の均質化を加味した大作を制作していますが日々模索している状況です。

 

 

小方さんは残念ながら体調不良で今回は会場に来られなかったのですが何となくユーモラスな画風が大人気。

擬人化された猫やニワトリやクマといった作品は上手いとか下手とか関係なくほのぼのとした味わいがあって掛け値なしで良かったと思います。岩国ではこういうユーモアのある作風が見当たらないこともあってたいへん印象的でした。

とりわけ「ラッパを吹く猫」の作品は思いがけない傑作といえるのではないでしょうか。

 

と、かくいう私は個々の作品について長々とツベコベいってきましたが、自分のことがほとんど分かっていません。他者のことは分かっていても案外自分のことは分からないものですが、折しもノーベル賞を受賞された本庶佑博士の“混沌”という言葉と山口県美展の審査でおなじみの元永定正具体美術協会 絵本作家)さんの元永節が炸裂する語録をまとめた本に出合い、このような批評にもならないたわごとを連れずれなるままに書きつくしてしまいました。あしからず・・・

 

 

グループ小品展2018 原田文明公式サイトにアップしました。

https://www.bummei-harada.com/2018

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絵画のいろは展2017


2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室


この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。

子どもの作品が大人気
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グループ小品展2018


2018年10月3日(水)〜10月7日(日) シンフォニア岩国
主催:原田美術教室会員
この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。




  

原田文明展 ドローイングインスタレーション2015


2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」



本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚


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『地図を広げて』(岩瀬成子著 理論社)
父親と2人暮らしの鈴のもとに、母親が倒れたという知らせがとどく。母はそのまま亡くなってしまい、母親のもとにいた弟の圭が、鈴たちといっしょに暮らすことになった。 たがいに離れていた時間のこと、それぞれがもつ母親との思い出。さまざまな思いをかかえて揺れ動く子どもたちの感情をこまやかにとらえ、たがいを思いやりながら、手探りでつくる新しい家族の日々をていねいに描いた感動作。

『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる 理論社.jpg
『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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