すごい人気のハマスホイ

  • 2020.06.02 Tuesday
  • 21:08

 

 

北欧のフェルメールとも称せられるデンマークの画家ヴェルフェルム・ハマスホイの展覧会『ハマスホイとデンマーク絵画』(山口県立美術館)をみました。

没後、一度は忘れ去られたハマスホイの静謐な芸術は、1990年代以降、パリのオルセー美術館やニューヨークのグッゲンハイム美術館などで次々と回顧展が開催され、再び脚光を浴びているという。

今回はヴェルフェルム・ハマスホイの本格的な展覧会としては西日本で初となるものであり、ハマスホイを輩出した近代デンマーク美術の精華を包括的に紹介するものとしては日本初となる展覧会といわれています。

 

 

 

コロナ渦中で開催が危ぶまれていましたが美術館スタッフ総出でコロナ感染対策に配慮し絶賛開催されています。(〜7日)

この日も多くの観客で注目の高さにびっくりでした。内容についつはまた後日・・・

 

 

 

美術館のトイレも自由には使えないので集合時間までの間、図書館に行くと米吉さんのFRPの彫刻作品「ドッキング」に出会えてよかった。


 

 

 

ハマスホイとデンマーク絵画

  • 2020.06.01 Monday
  • 11:00

 

 

山口県立美術館では『ハマスホイとデンマーク絵画』展が開催されます。

4月7日(火)ー6月7日(日)

 9:00〜17:00(入館は16:30)

月曜日休館、ただし5月4日と6月1日は開館。

 

身近な人物の肖像や風景、そして静まり返った室内を描き、北欧のフェルメールとも称せられるデンマークの画家ヴェルフェルム・ハマスホイ。没後、一度は忘れ去られたハマスホイの静謐な芸術は、1990年代以降、パリのオルセー美術館やニューヨークのグッゲンハイム美術館などで次々と回顧展が開催され、再び脚光を浴びています。

今回はヴェルフェルム・ハマスホイの本格的な展覧会としては西日本でははじめてとなるものであり、ハマスホイが輩出した近代デンマーク美術の精華を包括的に紹介するものとしては日本初となる展覧会です。

 

NHKの番組「日曜美術館」でも紹介されていましたが、デンマークの画家『ヴェルフェルム・ハマスホイ展』をどうぞ、お見逃しなく。

 

新型コロナウイルス感染拡大の影響をうけしばらくオープニングを見合わせていましたが、5月26日に開幕。今月7日まで開催されています。

整理券や検温、マスクが必要ですが30分程度待ちで鑑賞人数を制限しながら入場できそうです。


(4月7日付朝日新聞)



 

 

 

 

 

コロナ対策

  • 2020.05.27 Wednesday
  • 16:12

 

教室の出入り口で消毒してくださいね。安永さんが用意してくれました。

 

 

不要不急

  • 2020.05.16 Saturday
  • 14:46

 


朝日新聞のどこかにあった養老孟司先生の記事。

コロナウイルスの感染拡大による緊急事態の中にあって《不要不急》というキーワードで人生を語りコロナを語るその「ユニークであるがままのまなざし」は迫力があります。

ひと味ちがう不要不急論、岩国にもいて欲しいですこういう人。


 

 

折々のことば

  • 2020.05.15 Friday
  • 20:34

 

「私はアートとのつながりを民主化したいのです」とデンマーク出身の美術家はいう。

オラファー・エリアソン展(東京都現代美術館)の開幕が待ち遠しい。

デンマークといえば、山口県立美術館の「ハマスホイとデンマーク絵画展」もオープンして欲しいものだ。

人びとが行き交うプラットフォームのような場かぁ、なるほど・・・な!

 

グレタの願いが絵本に!

  • 2020.04.17 Friday
  • 22:06

グレタとよくばりきょじん(フレーベル館)

 

グレタ・トゥーンベリさんの願いが絵本になりました。

子どもたちと一緒に考える環境問題、「コロナウイルス拡散拡大で休校休業中にどうしてこんなことになってしまったのか」絵本とともに考える一冊。翻訳はさくまゆみこさん。

 

イギリスの現代アート

  • 2020.03.29 Sunday
  • 08:23

Peter Doig(ピータードイグ)《のまれる》 1990年、油彩・キャンバス、197×241cm、ヤゲオ財団蔵

 

日本初「ピーター・ドイグ展」

最新作までの約70点を紹介❗

 

2020年もっとも注目すべき展覧会の一つといわれる「ピーター・ドイグ展」。日本ではじめての個展となるこの展覧会では初期の作品から最新作までの約70点が出品されるという。

東京国立近代美術館において2月26日から6月14日の会期でおこなわれることになっていたが、コロナウイルスの感染拡大の影響で残念ながら中止されている。

 

ピーター・ドイグについてぼくはほとんど何も知ることはなかったし、ブリティッシュアートの新し動向についても広島市現代美術館で紹介された「イギリス現代美術は今」展以後、まったく知ることはなかった。そのときは彫刻のトニー・クラッグや絵画のリサ・ミルロイ、アンソニー・ゴームリーやアーニッシュ・カプーアもあったかもしれないがその程度だ。

 

ここでは「ピーター・ドイグ(1959-)は、ロマンティックかつミステリアスな風景を描く画家です。今日、世界で最も重要なアーティストのひとりと言われています。彼は、ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンクといった近代画家の作品の構図やモチーフ、映画のワンシーンや広告、彼が過ごしたカナダやトリニダード・トバゴの風景など、多様なイメージを組み合わせて絵画を制作してきました。

私たちが彼の作品に不思議と魅せられるのは、誰もがどこかで見たことのあるイメージを用いながらも、見たことのない世界を見せてくれるからだと言えるでしょう。本展は、ピーター・ドイグの初期作から最新作までを紹介する待望の日本初個展です。絵画から広がる想像の旅へ、みなさんをお連れします。」とある。

 

とても興味深い展覧会がこういう形で中止されたのでは残念でならない。だが、ピーター・ドイグの名は覚えた。

ここに紹介し、これからも注目していきたいものである。

 

 

 

 

 

 

個展の日程がきまる

  • 2020.02.06 Thursday
  • 09:21

 

 

ぼくの個展の日程がきまりました。

別にオリンピックを意識したわけではないが2020の秋に予定していた日程が、県の主催事業と重なりやむなく年越しの2021年の1月20日から24日にきまりました。

会場はシンフォニア岩国の企画展示ホール。

 

当初はここ数年とり組んできた『ドローイングインスタレーション2021』としての新展開を考えていましたが、現況2012展の続編みたいな構成で具体絵画とともに現況2021展としてまとめてみたいと思っています。

 

 

タルコフスキーが語る音楽について

  • 2020.02.01 Saturday
  • 11:08

タルコフスキー監督作品「ストーカー」の音楽について彼が直接語った台詞を2017年の昨日1月31日に斎藤徹さんがこのように書き残してくれています。

 

たとえば音楽です 現実と最も関係が薄いし
無思想でつながりのない機械的な音の羅列だ
でもなぜか人々の魂に直接に響くのです
我々の中の何と共鳴するのでしょう
音楽の何が私たちを喜ばせ 心をつなぎ感動させるのか
何のためにそんな必要が?誰のために?
   
理由などないとあなたは言うかも
清廉な行為だと
それはちがう おそらくね
万物には価値があり意味がある 意味と理由が

・・・・・・・・・・・
タルコフスキー監督の使用する音楽は特徴的です。
クラシック音楽からはバッハのマタイ、ベートーヴェンの第九、ラベルのボレロなどこれでもかと言わんばかり、あるいは、垢が付いてしまうくらいの名曲中の名曲を使ったかと思うと、日本でもなかなか聴かれていない海童道の音源(サクリファイス)を使ったりしています。水の音や自然音も見事に使われています。かなり音にはこだわった方と思われます。やたらに音楽は使いません。音楽とは「考える」ことを拒否させるトゥールでもあることを熟知していたのでしょう。

上の台詞のように楽天的に考えているかというと、ほかの台詞では:

・・・・・・・・・・
実験と事実を重ねてしまいには真理か

事実などどこにもありゃしない
すべて誰かのバカげた思いつきさ そうじゃないかね
誰の思いつきか知りたいか 知ってどうする
何の役にも立たんことを
誰の良心が痛む 私のか?
私には良心などない
あるのは感覚だけだ

・・・・・・・・・・

と自虐的な台詞もあり、また、ストーカー(密猟者)仲間の「ヤマアラシ」の弟の詩として「何かが足りない」と連呼したり:

・・・・・・・・・・・

ひそやかに夏が過ぎ去った
陽だまりは暖かいが何かが足りない
すべての出来事が
この手の中に横たわったとしても
何かが足りない
善も悪も徒に消えることはなく
すべてが燃え上がっても
何かが足りない
人生という翼の下 私は守られているが
幸福というだけでは
何かが足りない
葉は焼かれず 枝も折られず
ガラスのような透明な日々
ただ何かが足りない

・・・・・・・・・・

あるいは、何があろうと求め続ける願いとして:

・・・・・・・・・・・

君がその熱い眼差しで
ひらめく稲妻のごとく
ふと辺りを眺めやる時
私はいつくしむ
君の燃える瞳を
だが私を最も魅了するのは
情熱の口づけに伏せた瞳
そして私は目にする
君のまつげの下に
憂いを含んだほの暗い激情の炎を・・・ 

・・・・・・・・・・・・・

タルコフスキー監督はチェルノブイリ原発事故の7年前にこのストーカーを撮り、チェルノブイリ原発事故の二週間前に遺作「サクリファイス」を発表。サクリファイスは、どこかの原発が爆発したところから始まります。その四年後1990年に黒澤明監督は「赤富士」を撮りフクシマを予見してます。

現在、世の中、大きな替わり目にあります。こんな時だからこそ音楽を、美術を、ダンスを、文学を!

 

From the film “ Stalker” ( by Andrei Tarkovsky), we can get lots of inspirations. This is about Music.

…………

Music, for example. There are only slight connections to our reality, no ideology, they are just the enumeration of mechanical sounds. But somehow music touches our spirit. What does correspond to the music in ourselves? What elements of music makes us happy, connect each other, move? Are there any need? For whom?

You may say there is no reason, but just pure action.
It may be wrong. Everything has value and meaning. Meanings and reasons.

……………

The music which Tarkovsky uses in his film has some characters. From classical music, he uses J.S.Bach’s Mathew, Beethoven’s 9th symphony, Ravel’s Bolero etc. They are most excellent music in Western world almost everyone can not help agree. On the other hand, he uses the music of Wadazumido in Sacrifice which is not listened to well even in Japan. He uses the sound of water, nature very carefully and beautifully. And he doe not use sounds or music often in his films. He knows quite well that music makes people reject thinking.

Like the lines above, he seems positive about music. But in the other lines he is very masochistic.

……………

Lots of experiments and facts lead us to truth?
There never has been Facts.
They just occurred to some idiots. Right?
Do you want to know whose idea?
It is meaningless to know it is useless.
Who will have bad conscience? me?
I do not have any conscience.
All I have is only sensations.

……………
He quotes the poetry by the brother of Stalker called Porcupine.

……………
The summer passed by secretly.
In the sunshine, it is warm. But something is missing.
Even if I can grasp every happenings, something is missing.
Good or evil have reason to stay, but something is missing.
In this life, I am protected happy, but something is missing.
Leaves and branches are beautiful, everyday life is very pure, but something is missing.

……………
Tarkovsky quotes some poetry as prayer for continuously seeking after.

……………
I love your burning eyes when you look around. They are strong and are like inspiring lightning.
I am fascinated most by your eyes in our passionate kisses. I find there are dim but burning violent emotion with grief.

…………….
Mr. Tarkovsky filmed this Stalker in 1979. It was 7 years before Chernobyl explosion. Sacrifice ( his last film ) was open to public 2 weeks before Chernobyl. ( the film opens at the scene when some nuclear factories exploded. ) 4 years later, in 1990, Akira Kurosawa filmed “ AKA-FUJI red Mt.Fuji). It foresees Fukushima disaster.

Now it seems this world is changing drastically. We need now Music, Dance, Arts, Poetry, Literature!!

 

 

 

 

 

ASOBIBA

  • 2019.12.27 Friday
  • 09:48

 

 

一日かぎりの映画祭‼  

昨年に続いて第3回 ASOBIBA cinemaのイベントが岩国市内の南河内運動広場&河内小学校体育館他を舞台にして開催されます。

いわくにasobiba!プロジェクト実行委員会が主催するものでアートとマルシェ、各種ワークショップなどの企画がてんこもり。

2020・3・21sat のASOBIBA cinemaをお見逃しなく‼

 

 

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原田美術教室の活動


♛ グループ小品展2020
2020年10月21日(水)〜10月25日(日)10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール

この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。









  
♛ 絵画のいろは展2019
2019年11月27日wed〜12月1日sun10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール






この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。


子どもの作品が大人気








♛ 山口県美術展覧会2019 2019年2月14日(木)−3月3日(日)9:00−17:00(入館は16:30まで) 
休館日:2月18日(月)、25日(月)
観覧料/一般:500(400)円 学生:400(300)円( )内は20人以上の団体料金
*18歳以下は無料 *70才以上の方、中東教育学校、高等学校、特別支援学校に在学する方等は無料 *障碍者手帳等をご持参の方とその介護の方1名は無料
山口県立美術館

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優秀賞 藤本スミ

入選 玉井康子

入選 中村みどり



佳作賞 浜桐陽子

原田文明の現況2021展


2021年5月19日wed−5月23日sun
10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール



当初はここ数年とり組んできた『ドローイングインスタレーション2021』としての新展開を考えていましたが、現況2012展の続編みたいな構成で具体絵画とともに現況2021展としてまとめてみたいと思っています。

原田文明展 ドローイングインスタレーション2018


2018年11月21日wed−25日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール











ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の営為の中で、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。
私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。
ここでは行為と物質がもたらす一回性の出来事さえも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。いうまでもなく、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな知覚的世界として位置づけ、形而上学的な意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。
さらに、その表現形式のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えます。
私にとってもはや絵画は多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体性を意識したメタフィジカルな実践として存在論的に見えかくれする場面への接近であり、換言すれば世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われというべきかも知れないのです。
本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえてたどりついた新作ドローイングインスタレーションの様式にさらに色彩的要素を取り入れることによって新境地への挑戦と可能性を探求する原田文明の現況とその一端を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」




本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『もうひとつの曲り角』(岩瀬成子著 酒井駒子表紙絵 講談社)
野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化賞大賞、IBBYオナーリスト賞など数々の賞を受賞する岩瀬成子氏の最新長編作品。

柵には半開きになった木の扉がついていて、その扉に「どうぞお入りください」と青色のマジックで書かれた板がぶらさがっていた。 「いやだ。あたしはそんなところへは、ぜったいに入らないから」ときこえた。 えっ。どきんとした。 庭木のむこうからだった。わたしにむかっていったんだろうか。 わたしは耳をすまして、木々にさえぎられて見えない庭のようすをうかがった。 しんとしていた。 だれがいるんだろう。 わたしはぶらさがっている板をもう一度見た。 それから足音を立てないようにして、そっと扉のあいだから庭に入っていった。しかられたら、すぐににげだすつもりだった。ちょっとだけ、のぞいてみたかった。──本文より。 小学五年のわたしと中一の兄は二ヶ月前、母の理想の新しい家、市の東側から西側へ引っ越してきた。この町で通い出した英会話スクールが休講だったので、わたしはふと通ったことのない道へ行ってみたくなる。道のずっと先には道路にまで木の枝が伸びている家があり、白い花がちらほらと咲いて・・・・。

日本絵本賞、講談社出版文化賞、ブラチスラバ世界絵本原画展金牌、オランダ銀の石筆賞など受賞の酒井駒子氏による美しい装画にも注目!

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『地図を広げて』(岩瀬成子著 理論社)
父親と2人暮らしの鈴のもとに、母親が倒れたという知らせがとどく。母はそのまま亡くなってしまい、母親のもとにいた弟の圭が、鈴たちといっしょに暮らすことになった。 たがいに離れていた時間のこと、それぞれがもつ母親との思い出。さまざまな思いをかかえて揺れ動く子どもたちの感情をこまやかにとらえ、たがいを思いやりながら、手探りでつくる新しい家族の日々をていねいに描いた感動作。


『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる 理論社.jpg
『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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