ジャポニスム論の草分け

  • 2018.05.16 Wednesday
  • 14:14

ジャポニスム(大島清次著、講談社)

 

「学術をポケットに・・・」講談社の野間省一氏は学術を巨大な城のように見る世間の常識に反して学術の権威をおとすものと非難されるかもしれないが、それは学術の新しいあり方を解しないものといわざるをえないと明言する。また、開かれた社会といわれる現代にとって、このことはまったく自明である、としてこのシリーズの刊行意図について述べている。

 

19世紀後半のフランスにおける印象派美術は芸術至上主義の名のもとにいきづまり大きなまがり角にさしかかっていた。

そのような時代において成立条件も美意識さえも異なる日本の浮世絵、とりわけ北斎や広重、歌麿たちの肉筆画や版画表現や価値観がモネをはじめゴッホやロートレック、ゴーガンなど当時の印象派の画家たちに驚きをもってむかえられたという。

「ジャポニスム」はシリーズ刊行にあたってその意図を述べた野間氏のまなざしともかさなっているようにみえる。そもそも芸術や学問の世界自体が既成の価値観や美意識を相対化する作業と営みであることを思えば自明であることを疑う余地もない。

だが、日本の浮世絵の成り立ちが江戸町人の生活に根差した行為であったことはヨーロッパの芸術至上主義の状況下において重要な意味をもったにちがいない。

本著「ジャポニスム」の原本は1980年に美術公論社から刊行されたもので、その核をなす論考はさらに10年前にさかのぼる雑誌「萌春」に連載されたものである、と著者自身「原本あとがき」に記述している。

「ジャポニスム」とは何であったか。

その研究の“草分け的こころみ”となる本著では、とりわけエルネスト・シェノー、テオドール・デュレという二人の美術批評家をはじめサミュエル・ビングや林忠正らが果たした役割に注目している。このことは日本美術のみならず、茶道や禅といった粋やわびさびに通ずる美意識をもつ「総合芸術」ともいうべき江戸町人の生活文化に根をおろす「民衆芸術」など広範な比較文化論として受けとられ注目されたとしている。

モネやロートレック、ゴッホやゴーギャンならともかく、ルノアールさえも「非均衡」説にあわせるように「不規則主義宣言」等々こうした日本文化に影響されたというのも不思議に思えたのだが、シェノーの論考に刺激されたのだろうか。

 

日本美術における装飾性と工芸的要素の問題は個人的にもきわめて興味深い論点でもあるけれど、「ジャポニスム」論それ自体が構造的に近代やアイデンティティ論をともなう学問としての可能性をもつ体系的な文化論として構造主義的まなざしをもって注目されたことに驚かされた。

パリ万博といえば明治維新、西洋啓蒙主義と富国強兵につきすすむ日本の歴史と逆行するようなフランス美術界におけるジャポニスムという文化現象のあり方も不思議でおもしろいと思えた。

歴史はくりかえされるというけれど現代が直面する政治や経済産業問題、さらには地球環境規模の問題を考えるヒントが「ジャポニスム」論の中に見えかくれしているような気さえしてくるからなおさらである。

 

そういえば、デイビット・ナッシュやエコロジー美術の動向に注目し日本に紹介してくれたのも著者・大島清次氏であったことを思いだしたところである。

シュールレアリズム

  • 2018.05.03 Thursday
  • 20:23

今年はどういうわけか台湾の映画『日曜日の散歩者』(ホアン・ヤーリー監督作品)をきっかけにシュールレアリズム(超現実主義)に縁がありそうだ。読みかけの宮川淳著作集で知ることとなった福島秀子や本展作家となる阿部展也、今年の錦帯橋まつりで偶然にも骨董市で遭遇した木喰仏と円空仏、木喰研究家として知られる画家猪飼重明と彫刻家見崎泰中と繋がってくればそれこそシュールというほかない。それというのも若いころぼくが所属したシュールレアリズムの団体「美術文化」の大先輩ということになることを思えばどこか因縁めいたものを感じてしまうからかもしれない。

とはいっても阿部展也の作品にふれることはこれまでなかったし絶好の機会でもあり楽しみにしていたのだ。それも身近な広島市現代美術館で開催されるというのも何かの縁のようにも感じていたのである。 会場におかれていた本展図録をみても当館関係者の執筆もなかったし本当にどういう契機で実現したのか不思議な気がしていたのだ。

 

 

 

阿部展也のことはいろいろと美術文化の人からも聞かされていたので絶好の機会となった。

久しぶりの広島市現代美術館はとても気持ちのいい緑に囲まれていて嬉しい気分、新緑がとりわけ美しかった。

 

 

この日は程よい風にも恵まれて新宮晋の作品もいい感じで動いていた。ヘンリー・ムーアの前で遊ぶ家族連れの子どもたちも何となくのどかで気持ち良さそうにみえた。

 

 

それはともかく、はじめてみる阿部展也の作品は特に初期のころの鉛筆画やタブローが印象的だった。瀧口修造との詩画集『妖精の距離』(1937)にはとりわけ圧倒された。

阿部展也はおどろくほど多才な人で写真から評論活動のほかにも日本美術家連盟を設立たり、新しい欧米美術の動向を紹介したり、さらには西洋の中世における石仏の研究などその活動はきわめて多岐にわたる。

60年代のはじめからはアンフォルメルや具体、アクションペインティングなどの動向と歩調を合わせるようにエンコースティックを用いた抽象作品、さらにはアクリル絵の具によるシンプルな<カタチ>を主題にした作風へと転ずるが、具体美術や斎藤義重のオリジナリティと比較するとややインパクトに欠ける気がしたのだがどうだろう。

だが、同時代の作家として文学から美術、音楽をはじめ多様な表現活動における渇望ともいえる時代状況を感じさせるひとりであることは間違いないようにも思えた。

 

 

また、同館コレクション展「女たちの行進」に展示されていた福島秀子の一点にふれる機会にめぐまれたのもなんの因果かうれしいサプライズとなった。

この企画では展示された個々の作品自体はすばらしいのだが展覧会のコンセプトてしてはタイトルからは程遠いなんとも中途半端な内容というほかないように思えた。

 

キズナスタジアムの阪神戦

  • 2018.04.23 Monday
  • 18:52

 

 

米軍キズナスタジアムではじめて行われたウェスタンリーグ公式戦は阪神が勝利。朝早くから観客が詰めかけてスタッフは駐車場の整理でターイヘン。

 

 

満開の桜

  • 2018.04.01 Sunday
  • 20:36

 

今日は最高の花見日和でした。アトリエに車をおいてブラつきながら錦帯橋のお花見へ。 

今年は出店でタコ焼きと弁当を買うことにしてとにかく桜をみることに。天気も良く今年の桜は本当に感動的で見事でした。

やはり、米軍関係者も多かったけどツアーで観光にきていた若いベトナムの女の子たちが目についたが、日本人もけっこう多かったなぁ。

しばらく桜を堪能してせっかくだから最近オープンしたばかりの農協が経営するFAMSに行くことになり移動すると山陽道の岩国インターまで大渋滞。これにはびっくり、とにかくすごい人出だったなぁ今年は、、、

 

 

 

 

 

 

夜の米軍キズナスタジアム

  • 2018.03.24 Saturday
  • 17:19

 

昨日だったかアトリエから帰る途中、煌々と照明が点灯していたので撮影してみた。

 

 

練習なのか、ゲームなのか分からないが人出はあまりなかった。平日でもこういう使用があるということかぁ、とおどろいた‼

 

最終日のコンサート

  • 2018.03.22 Thursday
  • 09:05

お彼岸の雨の中、昨日は広島のギャラリー交差611で行われていた友人・黒田敬子さんの回顧展に・・・。

最終日となるこの日は<クロージングコンサート>と称するコントラバス奏者・斎藤徹さんのソロコンサートがあった。会場は多くの人たちで賑わっていてとてもいい展覧会だった。

 

 

 

黒田さんの作品はその都度みてきたつもりだったが意外にもはじめてみる作品もあっておもしろかった。回顧展とはやや大袈裟な気がするなと思っていたらやっぱりあれは一つの断面を示したものじゃないかという気がした。

そう考えると回顧展となると案外むずかしいもののように思えてくる。

作品はエモーショナルな気分を軸にした抽象的な作風だがアクションが強調されたころの作品が迫力があってよかった。斎藤さんの『インヴィテイション』というCDのジャケットに使われたものがそうなのかもしれない。

 

 

会場をひとまわりするとまもなく椅子が並べられ、ちょうどいい感じのコンサート会場になった。

ワンドリンク(ぼくは車の運転があるのでウーロン茶)を頂いて定刻をやや過ぎたところでスタート、すると聞きなれた懐かしい「川の始まり」という曲の演奏がはじまった。

2014年の「オペリータうたをさがして」でお馴染みの斎藤さん作曲のあれだ。

「あれっ?少し抑えた感じなのかな?何処かもどかしさがあるのかな?」などと心配しながら聴いていると以前とも少し違った味わいがありさすがにピッタリとしてきてとても良かった。

 

 

 

久しぶりに聴く斎藤さんのソロは懐かしさもあり、たしかに回顧展のようでもあり楽しめた。先ごろ結婚したばかりの娘のMAIちゃんも長崎から駆け付けたようで同行された奥さんとも斎藤家の面々と再会でき楽しいひと時を過ごせてとてもうれしい気分。

斎藤さんは昨年のキャン治療(斎藤さんのがんのこと)から復帰をされて活動を開始されているけれど、体力の消耗と治療の後遺症に悩まされているともいわれた。それでも次々とスケジュールをこなす凄まじいエネルギーには感服するばかり・・・。ご家族の心配も大変だと思われるけれど無理をしないよう気をつけてほしいとも思う。

 

このあとも天草、沖縄とつづき、ジャンさんとともにドイツで自閉症の人たちとのWSをするとも・・・。

「沖縄7月かぁ行ってみるかな〜」などと話は大いにもりあがった。

 

 

改憲論への布石

  • 2018.03.17 Saturday
  • 10:46

安倍内閣の最大の問題は、先人たちが共有してきた慣習や常識を平気で破ることである。安倍内閣は、内閣法制局長官について政権の意向に沿った人事を行い、集団的自衛権を認める解釈改憲を行った。

憲法五三条の要件を満たしているにもかかわらず、強引な解釈によって臨時国会召集要求を無視した。これらは明文化されずとも「やってはいけないこと」と認識されてきた。政治家たちは慣習への信頼を共有してきた。

 

日本国憲法はかなり短く、解釈の余地が大きい。だから、成文化されない部分は、年月をかけて確認されてきた解釈の蓄積を重視してきた。憲法の短さを不文律の合意や慣習によって補完してきたのである。

現政権は、歴史の風雪に耐えてきた解釈の体系を強引に変えてしまう。共有されてきたルールを守らない。慣習を重んじるはずの保守派が、平気で慣習をないがしろにする。過去の蓄積に対する畏敬の念を欠如させている。

 

このような政治の劣化に対応するためには、何をなすべきか。どうすれば慣習破壊の暴走を食い止められるのか。

真剣に検討しなければならないのが、「長い憲法」への漸進的移行である。これまで不文律の合意として共有してきたものを、しっかりと成文化し、明確な歯止めをかける。日本はもうその段階にきているのではないか。

 

東京新聞論壇時評に発表された中島岳志の改憲へ向けてぼくたちが考慮すべき論点としての記述がある。確かに、これは間違いなく革新保守、左派右派を問わず時間をかけてでもふまえておくべき大切な視点といえる。

「作品」という曖昧な体験

  • 2018.03.06 Tuesday
  • 16:30

 

おわりの雪(ユベール・マンガレリ著、白水社)

 

ユベール・マンガレリ、すごい作家に出会ったものだ。この文体、それはまさしく驚嘆に値する。

訳者あとがきにおいて、田久保麻里さんは著者について「しんと心に沁みこむような静けさのただよう文体で描く異色の作家である。」と紹介している。「そっけないほど淡々とした、やさしい言葉でつづられる作品は、読みこむほど重みをましてゆく。」とも・・・。

さらに、マンガレリは児童文学作家として出発しているけれど、彼を「児童文学出身の作家」と呼ぶべきではない。六作を数える初期の作品が「主人公が子供だったから」という理由で児童書のシリーズに収められはしたものの、決して子供のためだけに書いていたわけではないからだ。彼の小説の魅力は、「児童小説」と「(大人むけの)一般小説」といった枠を越えたところにこそあるといえる。

確かに、田久保さんは「枠を越えたところにこそある」と強調しているのである。

この作家のまなざしは病や貧困、おそらく社会的弱者としての子どもや老人にむけられ、いうなれば不安と隣り合わせで生きるやりきれない現実を深々と雪が降るように書き続けることにあるといえる。そして、この様式とモチーフは今でも変わることなく続けられているという。

けっしてドラマチックな出来事が起きるわけでもなく、日常の限られた時空間のなかでくりかえされる単調な生活のようすが少しずつ動いていくその差異性こそが確かな意味をもってくる、というきわめて微細な心の変化に本質的なものを探りあてようとしている気がする。

 

ひところ、「児童文学とは何か」などという不毛な論議がくりかえされたこともあったけれど、本著ではそのような空しい問いへの逆行はありえない。何故ならそれは「作品」という曖昧な体験にたえうる強靭な思考とでもいうべき経験にほかならないからでもある。

つまり、重要なことはそのことを通じてはじめて「作品」はおそらく思想たりうる可能性をもつということなのである。それはもはやなんらかの思想の表現なのではなく、「思想」そのものなのだ。

換言すれば、児童文学の思想というのではなく、児童文学であろうがなかろうが彼の小説そのものが思想というべきであり、この無名の思想をぼくたちは文学といい芸術とみなそうとするのである。

ユベール・マンガレリのこの稀有な文体はまさしくそのことを実証する傑出した小説といえるだろう。

 

本著『おわりの雪』で意図されていることはおそらく「死と記憶」にあると云っていい。マンガレリはあえて不必要なディテールを曖昧にしたまま、小さな町でひっそりと生活する父と子、母の三人でくらす家族のようすをくりかえすように静かに描いている。

設定されているのは、病床の父、決められたように出かける母、養老院でお年寄りの散歩を手伝う仕事で家計を助ける子、養老院とその管理人ボルグマン、ブレシア通りにある雑貨屋のディ・ガッソという人、この限られた時空間の中でくりかえされる日常はいうまでもなくミニマリズムと抽象性を意識させる。

 

だが、ぼくたちは母が出かける場所のことも父の病気についても知らされることはなく、いつしか物語の現実と描かれた人たちの内面性に引き込まれている自分に気づくのである。まさしく、それは読書する経験の常として更新されるように否応なくこの作品の意味の厚みを考えることになるのである。

 

 

 

日曜日の散歩者

  • 2018.02.28 Wednesday
  • 14:10

僕は静かな物を見るため眼をとぢる...

夢の中に生れて来る奇蹟

回転する桃色の甘美......

春はうろたへた頭脳を夢のやうに──

砕けた記憶になきついている
         楊熾昌「日曜日的な散歩者」

 

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1933年、日本統治下の台湾に登場したモダニズム詩人団体「風車詩社」(楊熾昌、李張瑞、林永修、張良典ほか台湾在住の日本人3名)にスポットを当てた映画がいま話題になっている。

その作品は黃亞歷(ホアン・ヤーリー)監督作品で『日曜日の散歩者 わすれられた台湾詩人たち』という当時の日本の歴史文化に直結するドキュメント映画で、台湾のアカデミー賞に相当する金馬奨で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した作品なのだ。

 

日本の統治下におかれ40年近くも経過した1930年代の台湾。彼らは植民地支配下で日本語教育を受け、日本留学の経験をもつエリートで、日本語による詩を創作し、新しい台湾文学の創造を試みた。

とりわけ、近代詩の先駆者でモダニスト西脇順三郎や瀧口修造といった前衛的な日本の文学者たちに学び、ジャン・コクトーなど西洋のモダニズムや文学にふれることで新しい芸術の可能性を探るのだが台湾文学の中で彼らはあまりにも異質だった。また、彼らにとって母国語(ことば)の問題は台湾のアイデンティティにかかわる大きな壁となった。

第二次世界大戦とともに軍国主義が台頭する時代にあって彼らが活動する場はどこにもなくなった。やがて、日本の敗戦を経て、台湾は中国国民党による独裁時代へと移っていくが、1947年の二二八事件で楊熾昌と張良典が無実の罪で入獄させられ、1952年には白色テロによって李張瑞は銃殺されてしまう。

日本語そのものが禁止されていた戦後の台湾では、風車詩社は人々から長らく忘れられた存在となっていた。

 

この映画は2012年、ホアン・ヤーリー監督がある映画の資料を探す過程で、偶然にも林永修の文章を見つけ風車詩社の存在を知ることになり、そのときの衝撃がこの映画製作の発端となったという。

 

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若いころ、日本のシュールリアリズムの拠点といわれる美術文化協会に所属した筆者としては、たいへん興味深い映画であり個人的にも詳細をつきとめたいところだ。

アンドレ・ブルドンがシュールリアリズム宣言を発表したのが1924年、靉光や古賀春江、北脇昇といった美術文化のシュールリアリズム絵画もこの映画に挿入されているけれど、福沢一郎や瀧口修造が創紀会をはじめとする他の前衛芸術家たち、身近なところでは岩国の彫刻家國光与らとともに美術文化協会を発足させたのが盧溝橋事件の二年後1939年、ということを思えばこの映画の時代背景や台湾の状況ともみごとに重なってくる。

同会の創立会員でもある白木正一・早瀬龍江の両氏がニューヨークから一時帰国された折、本人から獄中の瀧口や福沢らに差し入れに通った時の生々しい実話を聞いたことがあるけれど、台湾の楊熾昌と張良典らも同じように台湾で投獄され激しく弾圧されたことになる。

 

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と、一年半の活動とはいえ歴史に埋もれた「風車詩社」の文学を通し、当時の台湾と日本の関係さらに政治弾圧という社会的な側面を浮かび上がらせるシリアスな映画といえるけれど、アンドレ・ブルドンやジャン・コクトー、ピカソやサルバドール・ダリといった肖像や彼らの作品の他にも、ミロやマグリット、タンギー、キリコらの多くの絵画作品が挿入され、映画そのものはモダンなタッチで(語り、絵画・映像、詩作・文字という)異質のエレメントが織り込まれ、当時の風俗や政治的背景とともにブリコラージュされ効果的な音楽とともにつなぎ合わされる仕組みとなっている。

つまり、巌谷国士がいうように日本にシュールリアリズムは定着しなかったかもしれないが、この映画づくりそのものは断片的につなぎ合わされることで生成される偶然の産物、あるいは必然的な因果関係として成立する重層的な意味を問いかける厚みをもっていて新しいドキュメント映画の可能性を感じさせる。製作の発端となった風車詩社との衝撃的な出会いといい、まさしくシュールリアリズムの理論にかなった手法ということもできるだろう。

 

それというのも、筆者の所属した美術文化協会(1974〜79)はダダイズムや創立当初の精神とはおよそ無縁の観念論的な思弁の世界に寄りかかった幻想優美主義的な作風ばかりで、所謂シュールリアリズムの可能性を感じさせるものではなかったからだ。ぼくはこのとき同会の大きな屈折、抜き差しならない戦後の決定的な断裂を知ることになったのだった。

だが、美術文化協会の先達にはこの映画にも挿入されていたように靉光、古賀春江、北脇昇のほかに杉全直、斎藤義重、山下菊二、阿部展也(広島市現代美術館では3月23日から『阿部展也』展が開催される)、糸園和三郎というすぐれて大きな存在があったことも事実なのである。

 

この作品の監督ホアン・ヤーリー氏はインタビューに対してこのように応えている。

1930年代、日本人、台湾人、そして西洋の芸術家達はあらゆる表現手法を試みており、そこにはあらゆる可能性が存在していた。表現形式や様式の枠をとりはらい私はこの可能性こそがこの映画の核心だと思っています、と。

 

まさしく、この映画はシュールレアリスムの可能性を証明した作品ともいえるだろう。

 

 

武井武雄という人

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 14:57

表紙(『コドモノクニ』第8巻第7号) 1929(昭和4)年

 

   

むしのまち(『よいこのくに』第3巻第7号) 1954(昭和29)年

 

地上の祭(空想)

 

夢はシャボン玉の様に

はじけてしまふ。が

空想の子は飯を食ふのか

やがて成人して未来に

號令をかける。

弄ばれたまゝ人間に見離された

空想の子供は 千切れ千切れに

空を飛んでゐる。

 

今、周南市美術博物館で開催中のファンタジーの王様・武井武雄展(2月18日まで)をみる。

ひさしぶりに徳山の周南市美術博物館へ行ってみるとロビーには開催中の武井武雄を中心に絵本やカルタなどいろいろなグッズが並べられていた。

はじめてみる武井武雄の作品はファンタジーの王様といわれるだけあって楽しい作品でいっぱいだ。色彩が鮮やかでそのうえモダンときているからなおさらだ。同時代に北原白秋、茂田井武、村山知義、初山滋などそうそうたるメンバーが顔をそろえている。

大正ロマン、昭和初期・中期が活動の中心だから団塊世代の端くれのぼくなどが子ども時代に教科書や絵本で接することの多かった人々といえる。

なかでも武井武雄はきわめて異質、あの巨匠サルバドール・ダリでさえびっくりするくらい独特のパラノチックな世界を突き進んだ稀有な人ではないかと思えた。時代が時代だからロシア構成主義やシュールリアリズム、アールデコの影響も少なからずあるような気もするけれど、この人は他の追随をゆるさないほどの徹底ぶりでおもしろいのだ。

 

刊本シリーズ全巻139冊

 

こやぎとたいこ(『チャイルドブック』第22巻第2号) 1958(昭和33)年

 

とりわけ、全139巻刊行のほとんど趣味的で贅沢のきわみともいえる「刊本シリーズ」は生涯を通じて制作されたライフワークといわれるが、この人の場合はすべてがライフワークといっていいのではないだろうか。ぼくはそう思う。一貫してみてとれるのは児童文化研究家としての姿、その眼差しと立ち位置といえそうな気がする。

 

ピカソやミロのように人間の本質、その深層にせまるプリミティヴアートでもないし、また佐藤忠良の『おおきなかぶ』のリアリティともことなるものであり、ポエティックな広がりとアイロニーを感じさせる不思議なおもしろさがあるのだ。そういう意味ではむしろ、となりの部屋に常設されている詩人・まどみちおの絵画と共通するような気がしてくる。

 

第五の世界 1966(昭和41)年 ミニアチュール

 

乙姫像 1971(昭和46)年 ミニアチュール

 

武井武雄は絵画や出版に限らず、EKABO(おばけ)シリーズとかイルフ(ふるいの逆)シリーズとか、ふるい玩具や各地の小物をあつめたりつくったりする独特の活動をした茶目っ気たっぷりの不思議な人物といえる。

だが、武井がきわだっているのはその時代を風刺する覚めた感覚をそなえていることと徹底して細部にこだわる偏執性のもちぬしということではないか。それゆえに彼が軸足をおいた童画のスタイル(様式)も表現者としてもちあわせた必然的な方法論といえる。けだし、ライフワークとなった【刊本シリーズ】などはそのことを端的に物語っているのではないか。

 

鳥の連作NO.13 1975(昭和50)年

 

2番おばけ 1956(昭和31)年 タブロー

 

この展覧会は長野県の岡谷市にあるイルフ童画館の協力を得て実現されたようですが、この機会に独特の武井武雄の世界にふれてみてください。おもしろいしとても楽しい展覧会でした。

ふーむ、周南美博!なかなかやるな。

 

 

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絵画のいろは展2017


2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室


この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。

子どもの作品が大人気
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グループ小品展2016


2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員
この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015


2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」



本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


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『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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