あーとランダム

現代アートを中心に活動している原田文明の公式サイトとブログ
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# 庭の春


春到来。庭のツツジが7分咲き。



藤本さんから頂いた白いランもご覧の通り。昨年よりは少し大きい気がするがどういう訳か花数が少ない。



よく見るとナルコユリも咲いているではないか。

とにかく若葉の勢いが爽やかで心地いい。

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# タラの芽第二弾


タラの芽第2弾、そろそろ天婦羅いけるかな?



イタリアンパセリもすごい勢いが出てきた。

こんなところにも、やはり春がきた感じ・・・

 

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# poohちゃん


お腹を撫でるとうちのpoohちゃんは何時もこのポーズ。

体が柔らかいんだね、きっと。



こんな感じのもあるよ。


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# わらび

 

わらびの季節がやってきたみたい。

重曹でアク抜き中、、、

緑の色がとてもきれいですね。

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# 桜が満開

 

岩国は桜が満開だ。昨日は暖かだったが今日はやや肌寒く雨もパラつくあいにくの天気となり人出は少なかったが、今年の桜はいつになく見事だった。

 

 

ぼくらはいつもよく行く「むらつか」で野菜の買物をすませて花見をすることに。

関所稲荷のある土手通りの桜のトンネルを通って錦帯橋へ移動。道中の桜も楽しんだ。食事をすませてブラブラしながら錦帯橋をくぐり2004年の錦帯橋プロジェクトで戸谷さんが「灰餅の木」を制作した辺りまで散策して帰りぎわに新しく開館したばかりの「五橋文庫」を訪ねることに、、、。

「五橋文庫」は小林東五とその父雲道人の書や絵画、陶芸作品などを中心としたコレクションでオープンしたばかりで気になっていた。その日はあいにく小林東五の作品は展示されていなかったが、彼の作陶に多くの影響を与えたという朝鮮の古い焼き物や雲道人に贈られたといわれる独立性易の書や篆刻作品が展示されていた。いろいろ親切に教えて頂いてとても良かった。それからぼくらは川西の土手通りの桜を見物してひきあげた。

ちょうどいい花見が出来たと思っていたら雨が降りはじめてきた。

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 14:37 | category: 日記 |
# 庭のモクレン


満開になった我が家のモクレン。雨で半分くらい散ってしまった。



ヤブツバキは結構ながく咲いているが、ヒヨドリが突いていけない。   



こちらは終わりかけのコゴメザクラ。



馬酔木の花も満開に、、、




ひときわ目をひくラッパスイセン。春がだんだん忙しくなってきた。

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# むらつか

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むらつかの野菜と果物。地元の新鮮な野菜がいっぱい。春キャベツがおいしそうだったなあ。

今年は葉ワサビを見逃した。残念。

 

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ネーブルオレンジが格安だったが、いちごと林檎を買うことに・・・

結果的には買い物カゴ二つ。段ボールで持ちかえった。

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 16:04 | category: 日記 |
# サンライフ岩国の管理のあり方

ここでは公共施設の管理のあり方について考えてみたい。

岩国市は数年前におこなわれた住民投票の結果が「否」であっても地域振興と財政保障とひきかえに軍事基地の増強をすすめている。このことは他の自治体とちがって米兵による犯罪や騒音被害だけでなく軍事戦略上の大きなリスクをともない基地負担とひきかえに国から多くの補助金を受けていて財政的には比較的めぐまれているともいわれてきた。

新庁舎建設の経緯に象徴されるように現在進行中の超高級米軍住宅や岩国米軍スタジアムなどのスポーツ施設の建設だけでなく、他の多くの施設にもこの資金が過剰なまでに投じられている。だが、そういう施設の管理や運営面についてはお粗末なかぎりでいっこうに改善のきざしさえない状態にある。

 

この間は久しぶりに駅前で食事することになって出かけてみると、われわれがかつて親しんだ小商いの店は様変わりしていてさびれたものだった。考えてみれば、大手企業の撤退で多くの雇用が失われたことだけでなく若者の県外流出による人口減少とともに映画館も喫茶店も書店でさえ消え失せてしまった。あるのはコンビニと居酒屋にファミレスとスーパーだけとなった。旺盛をきわめたパチンコ店でさえ最近はかなり低調になっている気がするのだが…。

このままでは現在建設中のJR岩国駅でさえ駅舎は新しくなっても人がいないという問題は残りつづけるだろう。

 

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(外から見ればこのように3ヶ所の施錠部分に丁寧に貼り付けられている)

 

さて、話はそのこととも多少は関係するかもしれないが、われわれが使用させていただいているサンライフ岩国という中高年のための施設が吉香公園内にある。一時期は「鵜飼い振興会(株)」がその施設の管理運営をしたこともあるのだが、数年前の鵜飼い舟の事故のこともあって現状ではふたたび岩国市の管轄下におかれている。(窓口は知らないけれど)

 

子ども10人くらいのクラスで絵や工作をして、時間が余れば外に出てカンケリやケイドロ、野球などをして異年齢の子どもたちと一緒に遊んでいる。当初、ここで一緒に絵を描いて遊んだ子どもたちが40歳をすぎているので、かれこれもう30年以上になるというわけだ。(株)鵜飼い振興会の管理下にあるころは何の問題もなくこれまで楽しく利用させていただいたのだが、実は最近になっていきなりこのようなハリガミが貼りつけられていて、一方的にここからの出入りが禁止されて困っている。

ご覧のとおり、だれが見ても公園内の安全で美しい環境に恵まれ出入り可能なように設計され室内外を仕切る壁や窓とはちがう通路としての機能を持っている。

 

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(隣接する吉香茶室でお茶会があるときはここから仕出し弁当や荷物を入れる)

 

一体どういうつもりか知らないけれど、利用者の意向を無視して一方的に禁止する権利がどこにあるかと不思議でならない。

この施設を管理している職員の人は定年退職後の年金受給までの期間限定でアルバイト雇用(数日の交代制)されていると推察するが、ハローワークで紹介されたというより間違いなく公的職場から天下ってきたと思われる。

この施設の管理者個人の価値観や美意識という感覚的なちがいもあるけれど、業務内容をどのように説明され理解しているのか知らないが管理という美名のもとに一方的に禁止する傾向がある。

つまり、元気で遊ぶ子どもたちを一方的に禁じることが立派な仕事と思いちがいをしている気がするのだ。彼らにとって好都合なのはそのようにして利用者を制限することなのだろうか。

当方はこの施設の開設当初から30年以上も利用していて彼らの知らない経緯も知っているというのに彼らは一方的に不勉強のまま禁じることだけをする。仕事とは何かと一度でも考えたことがあるのかと疑いたくなるのだ。残念ながら市の職員にはこのように管理が目的化しているタイプが他の部署にも多い気もする。永年、文化活動にかかわってきた者からみてこのような弊害はいたるところにあるのも事実である。

 

実は、この施設には今はなくなってしまったけれどトレーニングルームがあった。筋力トレーニングマシーンがそろっていて開設当初はぼくもこの近くに住んでいたこともあってよく利用させていただいた。だが、専門のトレーナーはいなかった。専門トレーナーのいないこういう施設は逆に大変危険なもので利用者が大けがをすることもよくある。つまり、格好良い施設は建設されても安心して利用できるためのスタッフが揃わないという問題があった。

だから、その体制の不備を克服するため講習を受けた人のみが利用できるように毎月講習会が開かれていたのだが、危険性は残ったままでそのうち利用者もいなくなったのかいつの間にか撤去され今は多目的室として卓球などに利用されている。

このように職業訓練室とかトレーニングルームなどの施設はあってもトレーナーや職業訓練できる人材がいないということや利用制度のことまで考えられていないし考えようとしないことが岩国市の施設には多すぎるのだ。

たとえば、職業訓練室には当初から簡単な工具がそろえてあったが、出入り禁止の紙を貼り付けるだけでなくここの職員はその実態がどうなってるか調査したことが一度でもあるだろうか。現状からみてあるわけがない。その工具も一方的に自由に使えないように施錠されるようにもなったこともある。

 

工具というものは消耗品で使えばだんだん摩耗するし古くなるものである。怪我もしやすい。それでも使用料金だけはそのままの条件で変わらないし新しい工具の補充もできないというのは納得できない。また、一部の電動工具がいつの間にか消失している事実もある。今ではその事実を知る人はいないかもしれないがそれこそ管理責任が問われる大きな問題と云っていい、ぼくはそう思う。

子どもが少し騒いだくらいで出入り禁止の貼り紙をするくらいなら、工具をそろえるか掃除をするかトレーナーの勉強をするかして利用サービスの向上に少しは役に立てるくらいの仕事がどうしてできないのかと思う。

つまりは、人口減少も著しく利用者も少なくなっているのだから危機意識をもって少しは気持ちよく利用してもらえるように配慮して欲しいのである。けっして、アルバイトだからというつまらん言い訳は聞きたくなのだ。

 

些細な問題のようにみえるけれど、こういうトラブルはほかの利用者との間にもあってそのことで利用をやめる残念なケースもある。衰退する岩国の将来を担う元気な子どもの活動につまらん個人的な感覚を押し付け不必要な制限を加えるべきではない。

かりに、双方の感覚や言い分に多少の相違があったとしても30年を振り返ってみればよく分かる。子どもの声はかん高く、出入りすれば多少は部屋が汚れることもあるが掃除すればいいだけのことではないか。みんな元気な良い子どもたちで取り立てて問題視することはないと思うのは保護者も一致した意見だと思う。

 

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 21:18 | category: 日記 |
# ヒヨドリ

わが家のサンゴジュに主のようになってとまっているこのヒヨドリ。

かわいい他のメジロやビタキを追い立てるので最近はこれらの鳥はあまり見かけなくなった。

 

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それでも二羽のハトとスズメたちはまき餌を求めてやってくる。

 

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スズメの習性を見ているととてもおもしろい。一羽が飛び立つとつられるように他のみんなが飛び立っていく。

やがて、また餌場にやって来ては飽きもせずこれを数回くりかえす。

ハトもスズメもヒヨドリに遠慮することはない。

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 15:43 | category: 日記 |
# 岩国米軍スタジアム

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建設中の岩国米軍スタジアム。

米軍再編にともない防衛施設庁の関連予算で高級米軍住宅とともに建設されている野球、陸上競技、ソフトボール、テニスなどのスポーツ施設だ。

やや遅れ気味というがやっとその姿を現してきた。おかげで周辺道路は膨大な工事車両の土埃でいっぱい。

さてこの施設、施設庁はいまだに明らかにしていないが市民も使用できる管理体制ができるのか・・・

 

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沖縄の負担軽減と市議会議長は云うが再編を巡る住民投票結果は無視され、軍事的戦略的リスクもオープンにはされていない。

騒音や犯罪による被害は云うまでもないが、岩国は敵国から間違いなくピンポイントで標的とされているはず。

 

 

|comments(0) | trackbacks(0) | 11:34 | category: 日記 |
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Profile

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現況2012展[シンフォニア岩国]
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Wall of the bamboo[2010 周東パストラルホール]

bummei HARADA 「具体絵画の断面 part4」展/2010年1月

路地プロジェクト2010/古着、メッシュ、イルミネーション/周東パストラルホール

WORK 作品 / 1992 / 185x185 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞ほか [現代日本美術展]

WORK 作品 / 1992 / 230x400 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞、染料ほか

COUPLING/1996/秋穂産御影石、コールテン鋼/山口県セミナーパーク

Art document 2004 KINTAIKYO project (総合ディレクター、アーティスト)
祈りプロジェクト/Art document 2004 KINTAIKYO project

錦帯橋の架かる錦川の中流に美川という山間の小さな町がある。かつては川を行き来する“物資輸送の中継地”として、また一時期は“鉱山の町”として栄えた。その町で子ども時代を過ごした私はこの川で育ったといっていい。
夏は一日中、川で魚をとったり泳いだりして遊んだ。大雨の時には川は豹変し、化け物のような濁流となって恐ろしく大きな被害を残した。私が子どもの頃の冬は、まだ雪も多く降っていて、手の切れるような冷たい水の中で、和紙の原料となる楮の皮を剥いた白い材料を浸している大人たちを見ていた。川の一部は凍りつき小雪が降りつづいていた。
川の移ろいに四季を感じ、あるいはこの川と一体となっていたのかもしれない。“エンコウの話”や“かっぱ伝説”を聞かされ、川の怖さ、面白さ楽しさが原体験として身体に染みついている。
記憶の一つに、夏に行われていた“万灯(まんどう)流し”がある。当時は、わら束を円形に形づくり木の枝で三脚を立てて器を支え、たい松を燃やして川に流していたものである。儀礼的な意味としてではなく、ただ非日常的な美しさが記憶に残っている。
振り返ってみれば、この川の自然の様相も私たちの生活の営みとしての文化の「流れ」とともに変ってしまった。“祈りプロジェクト”は、そうした子ども時代の原体験が記憶の底、あるいは意識の底から起きてきたのかもしれない。それとも、これまでの「流れ」の中で失いかけていた祈りの気持ちをあらためて考えたいと願っていたのかもしれない。
平成の架け替えで、錦帯橋は2004年3月に新しく生まれ変わった。この作品は解体された錦帯橋の材料を物質として残すのではなく、錦川の流れに沿って移ろうままにつながれた水上の炎で消滅させ、生まれ変わった橋を照らしだす仕組みとなっている。
私は自らの原体験とあわせて「流れ」と「祈り」そのものに向き合い、私の現在を見つめようとしたのだろうか。それとも、炎として燃え上がる物質の消滅を見つめ精神の回復を願ったのだろうか。
眼前の流れを見つめながら・・・。 

流れ / 2003 / Art move 2003 〈IWAKUNI〉“表現の成り立ち”
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原田美術教室研究生募集中
表現の可能性を考え、個性をひきだすユニークな美術教室

受験コース

このコースでは多様化する今日的な美術の状況と受験の現実をふまえて、ひとりひとりの個性を大切にし、造形美術の基礎的な取り組みから、「見る」「感じる」そして「描く」力を育てます。また、発想の展開や表現することの意義深さ面白さを深く「考える」ことを通して、柔軟で力強い造形力がつくよう親切に指導しています。

児童コース

このコースでは遊び心を大切にして、いろいろな作品の制作に取り組みます。造形美術の楽しさは、ただ作品を完成することだけではなく、つくる過程で何を感じ、また何を考えるかということ。子どもたちと一緒にその創意と可能性について考えながらしんせつに指導しています。

一般コース

文化的な営み、活力と潤いのある生活。このコースでは、はじめての人から県美展や市美展をはじめ他の美術コンクールなどで入選入賞を果たしている人、あるいは国籍・性別・年令を問わず色々な人を対象としています。内容も油彩・水彩・アクリル画と色々ですが、人と人、表現と表現のふれあう中で、テクニックだけではなく絵を描くことで何を発見できるか、ということを問いつづけています。
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絵画のいろは展2015

2015年10月21日wed〜25日sun 10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室
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この展覧会は隔年(ビエンナーレ)形式で開催する「絵画のいろは展」と称するグループ展で、今回は第13回展となります。 本展は絵を描きはじめて間もない人から山口県美術展覧会、岩国市美術展覧会をはじめ他の美術コンクールなどで活躍している人、またこれから美大、芸大を受験する高校生や中学生を含む原田美術教室の研究生約20数名による油彩、水彩、アクリル、鉛筆・木炭デッサンなど100点で構成するものです。 今日、私たちは過剰な情報(メディア)と過剰な消費の現実を迎え、アイデンティティーの喪失感と実感(リアリティー)の質的変化の状況に直面し混乱を招いています。 「絵画のいろは展」では日頃の研究成果を発表することと同時に、人と人、表現と表現のふれあいの中で単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるのか、その可能性と意味について考えています。絵画の“いろは”とは、このように制作上の技術の問題だけではなく、日常的な生活のあり方そのものへの問いかけに他ならないのです。 この展覧会が[文化的な営みと豊かさ]また[活力と潤いのある生活]とは何か、という問いについて考える契機となり、地域文化の向上と振興発展に寄与することが出来れば幸いです。
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グループ小品展2016

グループ小品展2016
2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員

この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015

2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。
里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」

本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。
岩瀬成子の本

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化賞大賞受賞作家による感動作!
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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。
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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化賞大賞受賞

クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞受賞
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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。
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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!


 『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)

大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代

基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。

偕成社から好評新刊発売中!

 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!
『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。
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