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# 佐藤忠良の彫刻と素描

 

広島市西区井口、アルパークとなりの泉美術館で開催中の開館20周年記念企画「佐藤忠良展」はコンパクトでいい内容の展覧会だった。

最終日にもかかわらずゆっくりと落ち着いた気分で鑑賞できたのも良かった。この美術館には何回か来ているのだが、コーヒーも美味しくあらためて心地いい美術館だと思った。

彫刻家のみならず佐藤忠良は東京造形芸術大学の開学にも尽力した教授でもあり教育者としての視点にもスポットをあて、ヒューマニティーあふれるこの作家ならではの好企画となっていた。

とりわけ、佐藤が勉強のため個人的に集めた数々のコレクション(宮城県立美術館所蔵)の展示はたいへん興味深いものがあり素晴らしかった。

 

 

 

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# 由宇町文化協会

 

この間は念願のドキュメンタリー映画『ふたりの桃源郷』を鑑賞できて良かった。

芸術の秋ということなのか岩国市内各地で文化の日の連休に合わせていろいろな企画があったらしい。 由宇町文化会館ではこの映画を中心に各種作品展や周防大島町在住の兄妹タレント・マウンテンマウスのライブなどがあり会場は満員御礼となっていた。

 

カミさんらはシンフォニア岩国で行われた市の文化関係者の受賞式や祝賀会でたいへんだったようだ。これには直接関係してはいないのだが、たまたまお茶の先生が受賞されたということで参加となったらしい。気がつけば知った顔はほとんどなく岩国市はいつの間にか芸術都市宣言などしていて市役所内では意味不明の展覧会が企画されているというからびっくりする。一体全体何のつもりでこんなことをするのかサッパリ分からん。どういうわけかその式典に衆議院の岸信夫もおったというから本当にお笑いである。

 

由宇町の方も岩国もさほど変わりはないが、若い人は皆無でほとんどは高齢者というのも同様にそれは深刻な問題でもありまことに奇妙な光景といえる。

『ふたりの桃源郷』は多くの人を感動させる。

『人生フルーツ』も素晴らしい作品だったが『ふたりの桃源郷』には、もっと根源的な問いが隠されているようで沈黙させられてしまうのだ。二人の心はどうして山にあったのかと考えさせられるのだ。

人は土とともにあり土にかえるとでも云えばいいのか、さらに家族とは絆とは幸福とは尊厳とは等々、いろいろな角度で現在を相対的に捉え返す契機としてこのドキュメント映画はぼくたちの内面へと突き刺さってくるからすごい。文化の日、皮肉にも「文化」の対立概念としてある「自然」ということについていろいろと考えさせられる日となった。

 

岩国市がいくら芸術都市宣言をしたところで容易くそれが成り立つはずもなく、あらためて天地の恵みとともにある人々の姿に感動を覚え、とにかく「ゆっくりコツコツ」というスタイルの大切さを感じることになった。この映画をみてぼくはそう思うのであ〜る。

 

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# 愛宕ヒルズ

 


これが米軍再編にともない思いやり予算で建設されたシェルターの完備された超高級米軍住宅の『ATAGO HILLS』だ。ここから先は岩国市でもアメリカだ。

 

 愛宕ヒルズのゲート

 

明日の衆議院議員選挙公示を前にして党首討論も熱を帯びてきてはいるが、不思議に思うのはどの党も改憲とか安保法制の是非を問うとはいうものの日米地位協定の問題に触れることはない。

地位協定や合同委員会のあり方を不問にしたままでは基本的人権、平和主義、国民主権を柱とする憲法を論じてもむなしい気がしないのかと思う。それが岩国の視点であり沖縄の視点ではないかとぼくは思うのだ。

この国の方向性を考える選挙ならオール沖縄の視点に学ぶことがまっとうな考えではなかろうか。

 

米軍スタジアム周辺

 

市の中央部に位置するここには、かつては鎮守の森といわれた愛宕山があったのだが山は切り取られ、騒音被害や工場群を避け危険性を少しでも緩和するとして基地滑走路を沖合に移設することになったのだが、強襲揚陸艦も接岸可能な極東最大級の軍事基地となった。その跡地にこのように贅沢な米軍住宅や米軍スタジアムなどのスポーツ施設がつくられたというわけだ。

この施設の利用を共有できることが合同委員会で了解されたなどと市の上層部は喜んでいるが、岩国は「標的の街」になり市内の10人に一人はアメリカ軍関係者ということになる。

 

このことは原発と同様に後世へのツケとして取り返しのつかない事態を招き、そして次世代の人々に対して責任を取ることもできない。そのようなことをどうしてできるのかといつも思うのだが・・・

 

 急ピッチで進められる陸上競技場周辺工事

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# 今日の一日

 

 

今日は久しぶりにいい天気。

ぼくが指導している保育園の運動会に案内されるまま行ってみるとタイミング良くこんなプログラムをやっていた。戸惑いながらも子どもたちは練習してきた通り頑張っていた。しばらく見ていると後ろから背中をつつく奴がいるのでふりかえると教室に来ている中学生の七美姉妹だった。「あっ、来ていたのか」というとお母さんらも向こうにいるとのこと。

このほかにも親になった教え子やいろいろな人に会えて調度いい運動会になった。

 

 

午後からは吟剣詩舞道連盟の大会「吟と歌と舞の祭典」にお邪魔することに・・・。

ここも教室の研究生Tさんが李白の「静夜思」を歌うということだったのだ。普段のようすとは違って着物姿で舞台に上がったTさんは堂々としていていつになく晴れやかだった。

 

その後、アトリエで展覧会の準備をしに行くと、香月泰男美術館からジュニア絵画大賞展に応募した丸山苺叶ちゃん(岩国小1)が銅賞を受賞したとの嬉しい知らせがきていた。今年はずいぶん知らせがおくれたので「全滅だったのかな」と少し案じていたのでびっくり、これは良かったぁ・・・

 

丸山苺叶(岩国小1) やってくれましたね!

 

これを機会に香月泰男という画家に家族ぐるみで興味をもっていただき少しでもアートの世界をひろげてほしいものである。ロングランで開催されるので出来れば一泊計画で家族で楽しいんでほしいのであ〜る。

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# 何気ない日常と市井の人々

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アメリカの映画監督ジム・ジャームッシュの最新作『PATERSON』をサロンシネマ(広島)にて視聴。もの静かでミニマル調の作品ながら情報やものに溢れている現代社会の価値観に一石を投じる素晴らしい作品だと思った。

それでいて構成自体はきわめてシンプル。

パターソンという小さな町に住むパターソンという名の男の7日間を丁寧に描いた物語といってしまえばそれまでだが、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で衝撃的なデビューをしたこの監督ならではの絶妙な切り口で、優しさと愛しさに溢れた作品に昇華させている。

 

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彼の一日は朝、隣に眠る妻にキスするところからはじまる。彼は時計をみる。決まりきった朝の食事をして家を出て仕事に向かう。彼はバスの運転手なのだ。乗務をこなす中で、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていく。職場の同僚と他愛のない言葉を交わしてバスを出す。何げない乗客たちの会話がある。

帰宅すると傾いた郵便ポストを直して家に入る。妻と夕食を取ると愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かける。途中にあるバーに立ち寄って一杯のビールを飲む。帰宅し妻の隣で眠りにつく。そういうシーンが繰り返される。

代り映えのしない退屈な日々のようでありながらも、その町に暮らすユニークな人びととの交流や思いがけない出会いをユーモアと優しさに溢れた眼差しでひっそりとしたタッチで丁寧に描いている。

静かに目を凝らし、耳をすませば、日々のようすも変わって見えてくる。昨日と同じ日はないし毎日が新しい。もしかして、そこに自分らしい生き方を発見する手がかりがあるのかもしれない。この映画を観て本当にそう思う。

愛犬とのやりとりも貴重なシーンだ。郵便ポストにいたずらする演技もこの作品に欠かせない大切な場面となっている。

 

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『ダウン・バイ・ロー』を観てからはしばらくの間、この監督の作品に触れることはなかったのだがいつも気になっていた。ジム・ジャームッシュはどうしているのだろうと思っていたら、その後もたくさんの仕事をしていたことが分かった。この作品で久しぶりにこの監督の作品に触れたわけだがとてもいい作品だと思った。

とりわけ、4年ぶりとなるこの作品は初期作を彷彿とさせる集大成といわれ、随所にそのエッセンスとエスプリが織り込まれているようで心地いいのだ。

 

ひと言でアメリカ映画といっても孤高の奇才といわれるジム・ジャームッシュの作品は、いわゆるハリウッド映画とはまったく違う独特のおもしろさがあるのだ。長年、インディペンデント映画界に身を置きリードしてきたその手法は膨大な制作費を使うわけでもなく、何気ない日常と市井の人々の暮らしを淡々と切り取っていく特有のセンスがすでに詩そのものだといっていい。まさしく、映画全体がポエティックな感覚で溢れているともいえるだろう。

 

キャストは主演に『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のアダム・ドライバー(パターソン)、妻『ワールド・オブ・ライズ』でデカプリオと共演したゴルシフテ・ファラハニ(ローラ)、そのほか永瀬正敏、バリー・シャバカ・ヘンリー(ドク)、クリフ・スミス(メソッド・マン)、チャステン・ハーモン(マリー)、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(エヴェレット)、パルム・ドッグ賞のネリー(マーヴィン)と充実した顔ぶれ。

 

このように知的で豊かな暮らしそして愛しさに充たされた生き方があっていい。ぼくはおもわず「四畳半の王国」や「三畳御殿」を思いだしながら「詩人っていいな、恰好いいなあ・・・」とあらためて感謝感激。

いやーっ、映画って本当にいいですね。

 

 

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# 聖性の考古学

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寓話后識瑤麟

 

翌日の29日は埼玉県立近代美術館で開催中の『遠藤利克展ー聖性の考古学』(20017年7月15日ー8月31日)を観るため北浦和へ・・・。その前に北浦和駅で待ち合わせていた同級生の二人と再会。

近くのイタリアンでランチということになっていたのだ。この夏、岩国で同窓会をしたばかりでその時の話やいろいろな懐かしい話やおもしろい噂話に花が咲いた。

帰りの時間を気にしながら3時には北浦和を出ることにして一緒に展覧会を観ることになった。

 

遠藤利克の作品に接するのは久しぶりとなる。若い頃からアートドキュメント2004錦帯橋プロジェクト2004で岩国のぼくたちともお馴染みの戸谷成雄さんらと一緒に活動をしていた作家で30年以上も前にぼくはこの美術館で『FOUR DAYS IN URAWA』という彼らのグループ展も観た記憶がある。

その時も確か「水」を使った作品だったと思うが今回も大々的に「火や水」を使った圧倒的な大作ばかりだった。

 

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Triebーナルチスの独房

 

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遠藤利克は1950年生まれでぼくらと同時代の作家だが、ヴェネチア・ビエンナーレやドクメンタなどの国際展に出品し、北欧と英国では巡回展を行っているほか、国内では円空賞(2009年)を受賞するなど国内外で極めて評価が高い作家の一人といえる。

とりわけ、火を使うこの作家の営為について埼玉近美のニュース「ZOCALO」では、『畏れと歓喜の先にある感覚を目指して』として遠藤の作品について解説されている。

 

略)遠藤は、彼の世代に先行したミニマリズムや「もの派」の芸術観が理性に重きを置きすぎていると考え、美術には身体経験や感情などの要素がもっと必要だと考えていました。芸術の原理を問うことを重視した先行する動きに対して、遠藤は、一方では、現代美術が退けようとしてきた神話や物語のような要素を持ち込むことで、現代美術を再び活性化しようとします。他方では、身体感覚を重視して観る人を圧倒するようなスケールの作品を制作するのですが、それは作品の物理的な大きさというものが、やはり生命の高揚と畏れの感情とを同時に感じさせるものであるからです。火の痕跡や作品のスケールによって、遠藤の作品は観るひとの身体感覚や感情にダイレクトに働きかけてきますが、それは畏怖と歓喜が一体となった感覚には、信仰にも通じるような「聖なるもの」の片鱗がる、と彫刻家が考えているからなのです。

 

きわめて興味深い論考と云っていい。

 

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空洞説ー薬療師の舟

 

けだし、最後に展示されている作品『空洞説=薬療師の舟』では常設のジャコモ・マンズーの『枢機卿』と不思議なことに一体化しているのも、まさしく聖なるものの現われと云えることだったのかもしれない。(垂直の柱のようなものは上部から吊り下げられているもの)

 

なお、埼玉近美では企画展『遠藤利克展―聖性の考古学』と、一週間遅れで始まる同館コレクションの特別展示『遠藤利克ー供犠の論理学』をあわせてご覧いただき、遠藤利克の世界をじっくりと堪能してほしいとしている。

 

 

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# アルべルト・ジャコメッティ

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ディエゴの胸像

 

午後3時に息子と待ち合わせして六本木の国立新美術館で開催中の『ジャコメッティ展』を見ることに・・・。

「チケット買っておくからな!3時だぞ。」とメールするなり、「ごめん、今から行くので4時になる」・;%$#;。

あああ、東京ミッドタウンまで行って時間をつぶそうかと思ったが、あまりの暑さに怖気づいてしまい美術館のロビーで読みかけの本を読むことに・・・。 

   

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3人の男のグループ(3人の歩く男たち)

 

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女=スプーン

 

ジャコメッティの展覧会はとても落ち着いた空間だった。

多くの人が詰めかけていたものの程よい緊張感に満ちた心地いい作品構成となっていた。ジャコメッティ展の規模としてはぼくがこれまで観た中では最大のものだと思った。

ブロンズ彫刻の神髄を示すこの感覚世界、やはり「彫刻っていいな」と感心させられる。

ぼくは館内をゆっくりと観ていくうちに、おもわず精神がリフレッシュしてシンプルな美しさに何か充たされている気がしている自分に気づいた。

 

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大きな頭部

 

ゆっくりと観ているうちに息子を見失ったぼくは最後のショップの部屋に来ていた。「あれっ、もう出たのかな?」ぼくは会場を出てロビーにいるはずの息子を探したがどこにもいなかった。

「まだ中にいるのかな?」しばらく椅子に腰かけて待っていてもなかなか見当たらないし、ロッカーに預けた荷物を取りに行こうと思ったときに彼がでてきた。

「な〜んだ、まだ中で観ていたのか」というと「おもしろかった」と息子。しばらく腰かけて休みながらいろいろと展覧会の話をしてぼくらは新美術館をあとにした。

 

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「どうする?池袋あたりで飯食うか」その日は息子のアパートに宿泊する予定になっていたのだ。ぼくらは赤羽で降りて食事することになった。

35年前、ぼくが東京にいた頃とは違っていて人も多く活気があった。便利だし凄いねここ、と言いながら久しぶりに親子で飲み交わしていろいろな話をした。あっという間に10時半を過ぎた。

『酒なら俺のとこにもある」というのであとは息子の部屋で結局、2時過ぎまで飲んでいたが翌日は北浦和にいる同級生二人と約束していたのでお休みということに・・・。

 

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# 月曜日は六本木

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翌日、28日の月曜日は六本木へ・・・久しぶりに上京すると何かと忙しいのであ〜る。

六本木の国立新美術館と森美術館は火曜日が休館日となっていて月曜は開館しているのだ。

ぼくは二つの会場で行われている『サンシャワー』と称した1980年代から現在までの東南アジア現代美術展を観ることにしていた。

サンシャワーとは天気雨のことで紆余曲折の歴史を経てきた東南アジア地域を表すメタファーでもあるという。

つまり、この展覧会は時代の潮流と変動を背景に発展した東南アジアにおける1980年代以降の現代アートを9つの視点で紹介するものであり、史上最大規模の展覧会としているのも肯けるというもの・・・。

 

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人口約6億人。多民族、多言語、多宗教の東南アジア地域ではダイナミックで多様な文化が育まれてきた。特に経済発展が目覚ましい近年、この地域のアートの動向にも世界中から大きな注目が集まっているという。

確かに、会場から伝わってくる熱気のようなものには、とりわけ強いメッセージ性と個人的であれ社会や政治状況に向けたものであれ、映像を加味した複合的な表現様式が印象的だったように思う。

このような動向は日本ではアートが美術館や画廊空間のみならず都市空間や自然環境を舞台として、社会と深く結びつき地域づくりの手段として注目されていることと一致しているかに見える。

 

もはやアートの世界も欧米中心の価値観から多様な価値へと移行しグローバル化してきたと云えるのかもしれない。

 

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山口県美では審査員に福岡アジア現代美術館の後小路雅弘さんを招いたこともあり、東南アジア地域の美術の注目度は多少は分かったつもりでいたけれど、これほどの大大大規模の企画は世界中から注目されていいのではないか。

 

 

 

 

 

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# 東京リアルタイム

 

東京っておもしろいもので常にリアルタイムという感じが岩国から見ると何とも不思議なのだ。

新幹線で移動中、何げなくツイッターを見ているとタイムラインに憲法学者・木村草太のコメントが上がってきた。よく見ると本日、八重洲ブックセンターで『ブラック部活動』を出版したばかりの社会学者・内田良と17時から対談するとのこと。

 

銀座の画廊を4時に切りあげて移動すれば調度いいタイミングなので東京駅で降りてブックセンターの8階へ行って聞いてみると『ブラック部活動』を購入していただければ自由に入れるとのこと。

一冊買って入ってみると二人がちゃんと来ているではないか。入場者もあっという間に50人くらいいて調度いい講演となりレベルも高いしおもしろいのだ。

つまり、その辺でその時にやっているものをSNSで情報をキャチすればすぐに参加できるのだ。

こんなことは岩国では考えられないことなのである。それは其れは、実に不思議なことなのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 浅野輝一展

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27日の日曜日、久しぶりに上京して浅野輝一の個展をみた。浅野さんにお会いするのは2010年の神楽坂でやったぼくの個展のときか、いつか新宿で落ち合ったようにも思うのだが・・・

だが、彼の実作品を拝見するのはぼくが美術文化を退会して以来だからかなりの久方ぶりとなる。その展覧会の他にも八島正明、小島喜八郎らとともに「リアリズムの分岐」展と称して銀座や日本橋の画廊で4人展をしていた仲間でもある。彼らとはひとまわりも若かったぼくは彼らから多大な影響をうけ計り知れないくらい色々なことを教えていただいた。

小島喜八郎は10年くらい前に残念ながら亡くなったけれど、埼玉県立近代美術館で行なわれた遺作展を観ることはできた。

年齢を重ねると誰でもそうかもしれないけれど、会える時には会っておきたいものである。

 

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35年ぶりに拝見する浅野輝一の作品は当時の内向的なイメージとは違っていて、かなり抒情性を加味してある意味で願望のような作品になってきたように思えた。以前のように直線的でストレートな表現ではなく曲線的要素とともにポエティックな深みが色彩やフォルム、画面構成において強調されてきたように感じたのはどういうことだろう。

 

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小学校の教員を長く勤めあげた奥さんと医者となった息子さんにもお会いできて、嬉しくも楽しい時間を過ごすことができて良かった。この日は最終日で4時で終了ということは分かっていたしぼくは最終4時でその画廊を切り上げた。

 

久しぶりに会う浅野輝一はやはり作家の眼をしていた。相変わらず大きな地声は健在で健康そうでもあった。偶然にもその画廊でお会いしたかつての同僚Kはもう現役の眼をしてはいなかったし正直なものだなあと感じいった。

あらためてぼくは若いころから小島喜八郎に云われてきた「研ぎ澄まされた感性の持続こそが作家生命を維持する」という言葉を思い出していた。

 

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Profile

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現況2012展[シンフォニア岩国]
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Wall of the bamboo[2010 周東パストラルホール]

bummei HARADA 「具体絵画の断面 part4」展/2010年1月

路地プロジェクト2010/古着、メッシュ、イルミネーション/周東パストラルホール

WORK 作品 / 1992 / 185x185 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞ほか [現代日本美術展]

WORK 作品 / 1992 / 230x400 cm / 合板、和紙、鉛筆、新聞、染料ほか

COUPLING/1996/秋穂産御影石、コールテン鋼/山口県セミナーパーク

Art document 2004 KINTAIKYO project (総合ディレクター、アーティスト)
祈りプロジェクト/Art document 2004 KINTAIKYO project

錦帯橋の架かる錦川の中流に美川という山間の小さな町がある。かつては川を行き来する“物資輸送の中継地”として、また一時期は“鉱山の町”として栄えた。その町で子ども時代を過ごした私はこの川で育ったといっていい。
夏は一日中、川で魚をとったり泳いだりして遊んだ。大雨の時には川は豹変し、化け物のような濁流となって恐ろしく大きな被害を残した。私が子どもの頃の冬は、まだ雪も多く降っていて、手の切れるような冷たい水の中で、和紙の原料となる楮の皮を剥いた白い材料を浸している大人たちを見ていた。川の一部は凍りつき小雪が降りつづいていた。
川の移ろいに四季を感じ、あるいはこの川と一体となっていたのかもしれない。“エンコウの話”や“かっぱ伝説”を聞かされ、川の怖さ、面白さ楽しさが原体験として身体に染みついている。
記憶の一つに、夏に行われていた“万灯(まんどう)流し”がある。当時は、わら束を円形に形づくり木の枝で三脚を立てて器を支え、たい松を燃やして川に流していたものである。儀礼的な意味としてではなく、ただ非日常的な美しさが記憶に残っている。
振り返ってみれば、この川の自然の様相も私たちの生活の営みとしての文化の「流れ」とともに変ってしまった。“祈りプロジェクト”は、そうした子ども時代の原体験が記憶の底、あるいは意識の底から起きてきたのかもしれない。それとも、これまでの「流れ」の中で失いかけていた祈りの気持ちをあらためて考えたいと願っていたのかもしれない。
平成の架け替えで、錦帯橋は2004年3月に新しく生まれ変わった。この作品は解体された錦帯橋の材料を物質として残すのではなく、錦川の流れに沿って移ろうままにつながれた水上の炎で消滅させ、生まれ変わった橋を照らしだす仕組みとなっている。
私は自らの原体験とあわせて「流れ」と「祈り」そのものに向き合い、私の現在を見つめようとしたのだろうか。それとも、炎として燃え上がる物質の消滅を見つめ精神の回復を願ったのだろうか。
眼前の流れを見つめながら・・・。 

流れ / 2003 / Art move 2003 〈IWAKUNI〉“表現の成り立ち”
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原田美術教室研究生募集中
表現の可能性を考え、個性をひきだすユニークな美術教室

受験コース

このコースでは多様化する今日的な美術の状況と受験の現実をふまえて、ひとりひとりの個性を大切にし、造形美術の基礎的な取り組みから、「見る」「感じる」そして「描く」力を育てます。また、発想の展開や表現することの意義深さ面白さを深く「考える」ことを通して、柔軟で力強い造形力がつくよう親切に指導しています。

児童コース

このコースでは遊び心を大切にして、いろいろな作品の制作に取り組みます。造形美術の楽しさは、ただ作品を完成することだけではなく、つくる過程で何を感じ、また何を考えるかということ。子どもたちと一緒にその創意と可能性について考えながらしんせつに指導しています。

一般コース

文化的な営み、活力と潤いのある生活。このコースでは、はじめての人から県美展や市美展をはじめ他の美術コンクールなどで入選入賞を果たしている人、あるいは国籍・性別・年令を問わず色々な人を対象としています。内容も油彩・水彩・アクリル画と色々ですが、人と人、表現と表現のふれあう中で、テクニックだけではなく絵を描くことで何を発見できるか、ということを問いつづけています。
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絵画のいろは展2017

2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室
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この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。
DSC02287.JPG 子どもの作品が大人気
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グループ小品展2016

グループ小品展2016
2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員

この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015

2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。
里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」

本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。
岩瀬成子の本


こどものときちゃん(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。
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ちょっとおんぶ(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。
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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化賞大賞受賞作家による感動作!
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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。
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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化賞大賞受賞

クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞受賞
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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。
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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!


 『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)

大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代

基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。

偕成社から好評新刊発売中!

 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!
『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。
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