チューリップが、、、

  • 2020.04.04 Saturday
  • 12:25

 

チューリップがきれいに咲いています。この陽気だともう一つのツボミも開くかなぁ。

 

 

錦帯橋の桜も満開です🌸

 

 

桜の開花状況

  • 2020.04.02 Thursday
  • 15:54

 

 

 

これで五分から七分程度はいったかな?(今津川よりの関所稲荷あたりの土手通り)

 

自粛要請と言われても

  • 2020.03.29 Sunday
  • 15:10

簡単に自粛要請されてもなぁ、何を意味するか分かっているのかな?

この間、自粛を拒否して『三島由紀夫vs東大全共闘』みたけど言葉の力というか質量が桁違いにちがっている。みんな必死で生きているし熱量がちがう、命がけで発言しているんだぜ!

 

朝日新聞29日付

 

  

 

ああ、モクレンが・・・

  • 2020.03.28 Saturday
  • 11:38

 

 

 

ああ、昨日の雨でこんなに・・・☂☂

伝説の討論会

  • 2020.03.28 Saturday
  • 10:59

 

禁断のスクープ映像が50年の封印を解かれた! あの伝説の討論会が今、蘇る!

 

 

最近は映画をみる機会がかさなって火曜日は話題のドキュメント映画『三島由紀夫VS東大全共闘』をみるため広島へ行くことになった。

コロナウイルス感染のリスクをかかえながらもサロンシネマは比較的ゆったりとしていて、感染の心配もさほどありそうには見えなかった。

  

 

この映画は《伝説の討論会》といわれたあの三島由紀夫VS東大全共闘1000名の学生たちとの『緊迫した論理と思考の対決》を記録したものだ。

「三島を論破して立ち往生させ、舞台の上で切腹させる」と学生たちは1969年5月13日、東大駒場キャンパス900番教室に集結した。

万一を想定して《楯の会》のメンバーも最前列に集結し学生らも民青の殴り込みを警戒していたが、警察の警備も断り単身で乗り込んだ三島由紀夫は最後まで余裕を見せその態度は紳士的で常に冷静だった。挑発的な学生たちにも終始丁寧な言葉の力で応じた。

この場に立ち合った当時の学生、芥正彦、橋爪大三郎、木村修たちの他にも内田樹、平野啓一郎、小熊英二、瀬月内寂聴らのコメントを織り込んだ衝撃のドキュメントだ。

翌年11月25日、三島由紀夫はあの壮絶な死を決行するのだが、この討論会には確かにその予兆を感じさせるところもあった。

 

以前、友人から送られてきたヘンリーミラーの三島由紀夫の死についての論考を読んだことがあった。その論考は三島への畏敬の念と違和感の入り混じった複雑な心情が滲みでた丁寧なものでたいへん説得力のあるものだった。

この映画でも話題になった『太陽と鉄』は三島由紀夫が褌姿で日本刀を構えた表紙で、ぼくはその初版本を『蘭陵王』とともに神田の八木書店で買って今も大切にしている。この本の最後におさめられた「イカロス」という詩などは本当に死を準備している三島の内面が感じとれるものでこの詩の一節をぼくは暗記している。また、今は手元にはないがこの「イカロス」を作品にしたこともある。

あるいは強烈な観念論者とか狂信者などと云われるけれど、それほど究極的な心境にこのときの三島は達していたのかもしれないという気がしている。

若いころ、三島の文学に影響をうけ読みあさった一人としてぼくはそう思う。平野啓一郎のいうようにたしかに戦中派として生き残った者の精神的なリスクと特異な意識があったのかもしれない。

いうなれば反米愛国主義、三島由紀夫は当時でさえ極東アジアの一角にきわめてニュートラルで国家として主体性のない経済大国が存在するのを忌み嫌い、英雄の概念や行動の美学を掲げて絶対権力者としての天皇論を主張していた。それゆえに、死を覚悟していたことも事実で死をもって自らを完結することを願っていたようにも思う。

そうだ、統治制度における人民の主体的関係性を明確にするという点では三島と全共闘はある意味で共通するものがあった。三島はそれを直感していたがゆえに余裕をもってこの討論の場に立っているようにも見えた。

 

最近になって読んだ『保守と大東亜戦争』『石原慎太郎:作家はなぜ政治家になったか』(中島岳志)『象徴天皇という物語』(赤坂憲雄)とヘンリーミラーの三島論などを整理しながらこのドキュメントを考えているのだが、戦中派としての立場、あるいは《楯の会》を象徴する肉体派、文化防衛論者という反小説家としての活動は何だったのか、と。また、橋川文三や福田恒存はこの作家をどう捉えていたのだろうか。

だから、ぼくたちは三島の文学までもその文脈にあてはめて考えようとするところもある。事実、『金閣寺』では火を放つ若い僧の心境は死をもって解脱する臨済宗のイメージで語れるし、「イカロス」にしても限りない死への接近が昇天への欲望としてイメージされている。

行動の美学とは何か、いうなれば三島由紀夫は死をもって自ら描いてきた物語のイメージを体現し完結したかったのかもしれない。だが、四部作『豊饒の海』のように死をもって完結した暁には、いずれ輪廻転生することをイメージしたとも考えられないだろうか。そのように考えてみると三島の現在はどのように考えられるのだろうか。つまりは《覚悟の行動学》といえるかも知れないが70年代の時代状況もあって、任侠映画の高倉健の殴り込みや「止めてくれるな!おっかさん」「唯一の無関心で通り過ぎて行く者を俺はゆるしておくものか、藁のようにではなく震えながら死ぬのだ」という学生たちの運動とかさなったような気もしている。このことはこの映画でも『非合法の暴力を認める」という立場を表明していることからも肯ける。

ヘンリーミラーの論考は信ぴょう性も高く説得力もあると思うけれど、それ故に天才の名をほしいままにした三島由紀夫の死は考えれば考えるほど不可解さが増幅してくるのだ。


それにしても単身のりこんで東大全共闘の学生1000人が集結した中で、このような臨場感のある議論を実現させる双方の理性と知性にはおどろくばかりである。最近、若い人と話していてこのような議論の機会がどういうわけか消失しているように思えるのはどうしてだろうか。

いや、国会前のデモやアジ演説をみてもむしろ一人称でいい切る実態もあるし、大きなちがいや変化があるとも云えそうにない。むしろ、言葉の力を信じ互いを尊重する態度がこの映画では際立っていたように思えた。

そのことは、数日前の朝日新聞のこの映画に関する記事でも取り上げられていたように、ここではSNSやネット空間における匿名性の中で相手を罵倒する誹謗中傷とは異なり、たしかな言葉の力と対峙の論理による臨場感のある議論が成立している。

 

朝日新聞より

 

『保守と大東亜戦争』で著者・中島岳志が説くように、戦中戦後を通じて「保守とは何か」と考えるだけでも正反対の立場があり同じムジナのようにみえることも分かってきた。

知識人たちの戦後の変貌ぶりと対米従属への苛立ちに立ち向かう三島と全共闘、この映画からは思想的立場はちがっても確かに《本気で生きる者たちの熱量》が伝わってくる。それは主体性と純粋性の回復と言い換えることもできるのではないだろうか。

ここでは、他者とは何か(主体性を認める自分以外の存在)、エロチシズムは他者の主体性を認めない。解放区の時間と空間など芸術と言葉の介入など芥正彦との論議も興味深かったが、当時の刺激的な言葉と熱気が甦る瞬間を堪能できるきわめて不思議な時間でもあった。


 

 

 

 

 

庭の木賊(トクサ)

  • 2020.03.24 Tuesday
  • 17:58

 

今年は庭の木賊(トクサ)の勢いがすごいな。

木賊(トクサ)といえば百鬼園先生のノラを思う。

 

ノラや、お前は三月二十七日の昼間、木賊の繁みを抜けてどこへ行ってしまったのだ。

 

直島にある地中美術館の木賊もきれいだったなぁ・・・。安藤忠雄のコンクリートに意外にもよく合うんだなこれが。

 

 

ツツジの花芽もけっこうあるぞ。今年はけっこう凄いぞ。

  

 

 

 

 

春の庭

  • 2020.03.22 Sunday
  • 13:18

 

ヤブツバキ わが家では主木に近い赤のヤブツバキだ。

 

 

コゴメザクラ タイミング悪く剪定したので今年はこんな調子。

 

 

モクレン 今が満開です。

 

 

アセビ 馬が酔う木といわれるが、この葉っぱを食べると毒に当たって酔うらしい。

 

 

 

 

水西書院

  • 2020.03.19 Thursday
  • 17:54

 

 

吉川家の別邸水西書院。作家宇野千代の小説にも登場する知る人ぞ知る建物だ。

いつだったか、ここで舞踏家・芦川洋子ひきいる白桃房の公演があったなぁ。

あれは良かった」詩人の杉本春生さんも元気だったしあの頃は活気もあった。

その後、カミさんの小説『額の中の街』だったか何かの出版記念の宴会をやった気もするな。

古いが風情のある建物でもあるしどいうにかして保存していただきたいものだ。

今日、久しぶりに立ち寄ってみた。

  

 

春がそこまで

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 09:50

 

庭の金木犀に新芽がこんなに。

となりのモクレンのつぼみもかなり開いてきたぞ。春がすぐそこまで来ているのがわかるな。

 

 

この間は水仙だった。この分だと桜の開花も今年はけっこう早いかもな‼

 

 

プリズン・サークル

  • 2020.03.17 Tuesday
  • 11:11

 

 

 

 

昨日は友人お薦めの映画『プリズン・サークル』を横シネでみた。

その日は話題の韓国映画『パラサイト』も引きつづきみるつもりだったのだが、けっこう『プリズン…』が重すぎて結局1本だけにして、チャンスはまだあるだろうとみて『パラサイト』は見送ることになった。

 

それにしても島根県浜田市にあのような更生施設があるとは知らなかったなあ。

舞台となった「島根あさひ社会復帰促進センター」は官民協働の新しい刑務所で警備や訓練を民間が担い、施錠や食事の搬送は自動化され最新のテクノロジーが使われている。

だが、この施設の新しさはこうした設備の充実だけではなく、受刑者同士の対話をベースに自らが犯した犯罪の原因を探り更生を促すTC(注)という教育プログラムにあるという。

日本ではじめて導入されたこのプログラムを中心にその施設のようす、受刑者の表情や考え方の変化さらに出所後の関係性をも含めて丹念に取材したドキュメント映画だ。

監督は坂上香さんで自ら制作・撮影・編集すべてを手がけた渾身の作品ということになる。

 

なぜ自分は今ここにいるのか、いかにして償うか、幼いころに経験した貧困やいじめ、虐待、差別などの記憶を辿りながら言葉の表現や感情が変化していくようすが映像を通して伝わってくる。

それにしても、ほとんどすべての受刑者に共通している幼児体験の何ともいえない悲惨なあり様におどろかされる。

だが、TC教育を受けているうちに少しづつ凍りついた感情や心の状態に変化がみられ、凍え切った身体に血液が流れるように表情をとりもどしていく。不思議なことに言葉もでてくるようになり幼いころの記憶もでてくるようになる。

いつだったか評論家の芹沢俊介さんがイギリスの精神科医ドナルド・ウィニコットの臨床論文集に注目し、《原初の母性的没頭体験》の必要性について講演されたことをぼくは思いだしていた。「beingとdoingについて」「最近の少年犯罪をめぐって「光の家」等々。

 

 

帰宅すると、この日は相模原市の重度障害者施設でおきた殺傷事件の判決公判があって容疑者植松被告に死刑の判決が言い渡されたことがテレビで報じられていた。

日本中を震撼させたこの事件は、かつての優生思想にもつながる効率や生産性の有無によって障害者の存在を否定するきわめて差別的な偏見による特異な犯罪行為だった。裁判では植松被告の犯行における責任能力が問われたが被告は終始一貫して自らの主張をとり下げることはなかった。

この人の幼児体験ついてまだ知ることはないが、そこまでの偏見にいたった経緯も解明されてはいない。

このドキュメント『プリズン・サークル』をみた直後でもあったし、そのことがどうしても気になった。植松被告がもしここでTC教育をうけたとして彼の気持ちに変化がおきただろうか、と。

 

注)

TC(セラピューティック・コミュニティ)

Therapeutic Communityの略。「治療共同体」と訳されることが多いが、日本語の「治療」は、医療的かつ固定した役割(医者―患者、治療者―被治療者)の印象が強いため、映画では「回復共同体」の訳語を当てたり、そのままTCと呼んだりしている。英国の精神病院で始まり、1960年代以降、米国や欧州各地に広まった。TCでは、依存症などの問題を症状と捉え、問題を抱える当事者を治療の主体とする。コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合い、新たな価値観や生き方を身につけること(ハビリテーション)によって、人間的成長を促す場とアプローチ。 



 

 

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原田美術教室の活動


♛ グループ小品展2020
2020年10月21日(水)〜10月25日(日)10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール

この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。









  
♛ 絵画のいろは展2019
2019年11月27日wed〜12月1日sun10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール






この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。


子どもの作品が大人気








♛ 山口県美術展覧会2019 2019年2月14日(木)−3月3日(日)9:00−17:00(入館は16:30まで) 
休館日:2月18日(月)、25日(月)
観覧料/一般:500(400)円 学生:400(300)円( )内は20人以上の団体料金
*18歳以下は無料 *70才以上の方、中東教育学校、高等学校、特別支援学校に在学する方等は無料 *障碍者手帳等をご持参の方とその介護の方1名は無料
山口県立美術館

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優秀賞 藤本スミ

入選 玉井康子

入選 中村みどり



佳作賞 浜桐陽子

原田文明の現況2021展


2021年1月20日wed−1月24日sun
10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール



当初はここ数年とり組んできた『ドローイングインスタレーション2021』としての新展開を考えていましたが、現況2012展の続編みたいな構成で具体絵画とともに現況2021展としてまとめてみたいと思っています。

原田文明展 ドローイングインスタレーション2018


2018年11月21日wed−25日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール











ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の営為の中で、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。
私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。
ここでは行為と物質がもたらす一回性の出来事さえも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。いうまでもなく、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな知覚的世界として位置づけ、形而上学的な意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。
さらに、その表現形式のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えます。
私にとってもはや絵画は多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体性を意識したメタフィジカルな実践として存在論的に見えかくれする場面への接近であり、換言すれば世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われというべきかも知れないのです。
本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえてたどりついた新作ドローイングインスタレーションの様式にさらに色彩的要素を取り入れることによって新境地への挑戦と可能性を探求する原田文明の現況とその一端を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」




本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『もうひとつの曲り角』(岩瀬成子著 酒井駒子表紙絵 講談社)
野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化賞大賞、IBBYオナーリスト賞など数々の賞を受賞する岩瀬成子氏の最新長編作品。

柵には半開きになった木の扉がついていて、その扉に「どうぞお入りください」と青色のマジックで書かれた板がぶらさがっていた。 「いやだ。あたしはそんなところへは、ぜったいに入らないから」ときこえた。 えっ。どきんとした。 庭木のむこうからだった。わたしにむかっていったんだろうか。 わたしは耳をすまして、木々にさえぎられて見えない庭のようすをうかがった。 しんとしていた。 だれがいるんだろう。 わたしはぶらさがっている板をもう一度見た。 それから足音を立てないようにして、そっと扉のあいだから庭に入っていった。しかられたら、すぐににげだすつもりだった。ちょっとだけ、のぞいてみたかった。──本文より。 小学五年のわたしと中一の兄は二ヶ月前、母の理想の新しい家、市の東側から西側へ引っ越してきた。この町で通い出した英会話スクールが休講だったので、わたしはふと通ったことのない道へ行ってみたくなる。道のずっと先には道路にまで木の枝が伸びている家があり、白い花がちらほらと咲いて・・・・。

日本絵本賞、講談社出版文化賞、ブラチスラバ世界絵本原画展金牌、オランダ銀の石筆賞など受賞の酒井駒子氏による美しい装画にも注目!

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『地図を広げて』(岩瀬成子著 理論社)
父親と2人暮らしの鈴のもとに、母親が倒れたという知らせがとどく。母はそのまま亡くなってしまい、母親のもとにいた弟の圭が、鈴たちといっしょに暮らすことになった。 たがいに離れていた時間のこと、それぞれがもつ母親との思い出。さまざまな思いをかかえて揺れ動く子どもたちの感情をこまやかにとらえ、たがいを思いやりながら、手探りでつくる新しい家族の日々をていねいに描いた感動作。


『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


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『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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