武井武雄という人

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 14:57

表紙(『コドモノクニ』第8巻第7号) 1929(昭和4)年

 

   

むしのまち(『よいこのくに』第3巻第7号) 1954(昭和29)年

 

地上の祭(空想)

 

夢はシャボン玉の様に

はじけてしまふ。が

空想の子は飯を食ふのか

やがて成人して未来に

號令をかける。

弄ばれたまゝ人間に見離された

空想の子供は 千切れ千切れに

空を飛んでゐる。

 

今、周南市美術博物館で開催中のファンタジーの王様・武井武雄展(2月18日まで)をみる。

ひさしぶりに徳山の周南市美術博物館へ行ってみるとロビーには開催中の武井武雄を中心に絵本やカルタなどいろいろなグッズが並べられていた。

はじめてみる武井武雄の作品はファンタジーの王様といわれるだけあって楽しい作品でいっぱいだ。色彩が鮮やかでそのうえモダンときているからなおさらだ。同時代に北原白秋、茂田井武、村山知義、初山滋などそうそうたるメンバーが顔をそろえている。

大正ロマン、昭和初期・中期が活動の中心だから団塊世代の端くれのぼくなどが子ども時代に教科書や絵本で接することの多かった人々といえる。

なかでも武井武雄はきわめて異質、あの巨匠サルバドール・ダリでさえびっくりするくらい独特のパラノチックな世界を突き進んだ稀有な人ではないかと思えた。時代が時代だからロシア構成主義やシュールリアリズム、アールデコの影響も少なからずあるような気もするけれど、この人は他の追随をゆるさないほどの徹底ぶりでおもしろいのだ。

 

刊本シリーズ全巻139冊

 

こやぎとたいこ(『チャイルドブック』第22巻第2号) 1958(昭和33)年

 

とりわけ、全139巻刊行のほとんど趣味的で贅沢のきわみともいえる「刊本シリーズ」は生涯を通じて制作されたライフワークといわれるが、この人の場合はすべてがライフワークといっていいのではないだろうか。ぼくはそう思う。一貫してみてとれるのは児童文化研究家としての姿、その眼差しと立ち位置といえそうな気がする。

 

ピカソやミロのように人間の本質、その深層にせまるプリミティヴアートでもないし、また佐藤忠良の『おおきなかぶ』のリアリティともことなるものであり、ポエティックな広がりとアイロニーを感じさせる不思議なおもしろさがあるのだ。そういう意味ではむしろ、となりの部屋に常設されている詩人・まどみちおの絵画と共通するような気がしてくる。

 

第五の世界 1966(昭和41)年 ミニアチュール

 

乙姫像 1971(昭和46)年 ミニアチュール

 

武井武雄は絵画や出版に限らず、EKABO(おばけ)シリーズとかイルフ(ふるいの逆)シリーズとか、ふるい玩具や各地の小物をあつめたりつくったりする独特の活動をした茶目っ気たっぷりの不思議な人物といえる。

だが、武井がきわだっているのはその時代を風刺する覚めた感覚をそなえていることと徹底して細部にこだわる偏執性のもちぬしということではないか。それゆえに彼が軸足をおいた童画のスタイル(様式)も表現者としてもちあわせた必然的な方法論といえる。けだし、ライフワークとなった【刊本シリーズ】などはそのことを端的に物語っているのではないか。

 

鳥の連作NO.13 1975(昭和50)年

 

2番おばけ 1956(昭和31)年 タブロー

 

この展覧会は長野県の岡谷市にあるイルフ童画館の協力を得て実現されたようですが、この機会に独特の武井武雄の世界にふれてみてください。おもしろいしとても楽しい展覧会でした。

ふーむ、周南美博!なかなかやるな。

 

 

ぼくのこえがきこえますか

  • 2018.02.01 Thursday
  • 17:15

 

『ぼくのこえがきこえますか』(田島征三 童心社)すごい絵本です。

この絵本は中国・韓国・日本の絵本作家が手をつなぎ、子どもたちにおくる平和絵本シリーズの中の一つ。田島さんのイメージが声となって溢れ出すように生き生きと描かれています。

私ちは、たとえば「こころ」や「たましい」という眼に見えないものをどのように描くことができるのでしょうか。田島さんはこの絵本で独特の激しい筆のタッチと色彩、またうすい色彩で流れるようなマチエールを駆使しながら絵と戦争の話をみごとに描きあげています。

 

 

 

くらくて さむい。

ぼくは しんだんだろうか。

めも みみも ないから

なにも みえないし、

なにも きこえない。

 

 

でも、ぼくの こころが

なにかを み、

なにかを きき、

なにかを かんじはじめている。

 

 

ぼくたちの すがたは だれにも みえないけれど、 あなたに つたえたい。

 

ひとが ひとを ころす せんそうのこと。

あなたと おなじように いきていた ぼくたちの こと。

 

大寒

  • 2018.01.29 Monday
  • 01:25



うーっ、何だこの寒さは、、、

訃報

  • 2018.01.24 Wednesday
  • 15:16

名作『ゲド戦記』、SFファンタジー小説の巨匠ル・グウィン氏(88歳)が亡くなられた。日本では清水眞砂子さんによって翻訳され多くの人々に親しまれた作品だ。

ぼくは『キッズパワープロジェクト2005大人の子ども、子どもの大人』の企画に際して5〜6巻のこの作品を読了した。とりわけ第2巻『こわれた腕輪』アチュアンの地下迷宮の物語は印象的だった。

その後、そのプロジェクトに関わった地域の人たちと一緒に瀬戸内海にあるアートの島・直島の地中美術館を訪ねた際にもそのことを思いだした。その地中美術館はいうまでもなくクロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームス・タレル、建築家・安藤忠雄の4人の作品で構成された美術館でまさしく地中にあった。

 

『ゲド戦記』は架空の地図、架空の場所を舞台に繰り広げられる架空の物語で壮大なスケールで描かれた小説だが、とりわけ作品そのものの構成と展開、ロマンに満ち溢れた大作には圧倒された。

キッズパワープロジェクト2005の記念講演とシンポジウムに参加された清水さんは、ル・グウィンの『ゲド戦記』の翻訳におよそ30年かけて取り組まれたといわれた。その後まもなく、その功績に対して日本翻訳賞が贈られ大いに話題にもなった、と記憶している。

 

nisibe .jpg

 

一方、数日前に報じられたように評論家・西部邁氏が他界されたことも個人的には大いにショッキングなできごとだった。とはいっても『批評する精神』『大衆への反逆』など数冊の著作にしか触れていないのだが、テレビの「朝生・・」番組、対談や西部ゼミナールでの保守思想の理路は痛快でまことに説得力があった。

最近では昨年の衆議院総選挙の後、偶然にBSフジテレビに共産党の小池晃とともに出演されたようすは記憶に新しいところだった。その番組ではインタビューに答えて、保守革新、右派左派を越えた視点で現況を語るものだったが、不思議なことに両者が嚙み合っていておもしろかった。

 

ともにご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 

ピュアラインにしきの猪

  • 2018.01.18 Thursday
  • 19:36

 

道の駅にいた猪。

なにを考えているのだろう。

ひとりでゆっくりと歩きながら行ったり来たりをくりかえしていた。

観察

  • 2018.01.07 Sunday
  • 19:24

POOHちゃんのようすを静かに観察してみると、、、

 

 

 

 

 

気の小さい奴だが近頃はこのような態勢をみせるようになってきた。

この椅子が大好きでここに来るといつもこんな感じになっている。


こちらはオマケ。


 

プーちゃんの年越し

  • 2017.12.31 Sunday
  • 22:07

 

今年も残すところあと2時間、プーちゃんはどんな夢をみているのかな?

部活動はブラックか?

  • 2017.12.04 Monday
  • 11:16

ブラック部活動(内田良著 東洋館出版社)

 

昨今、いろいろな面で話題となる学校教育における部活動問題についてエビデンスで見るリアルな問題点を浮き彫りにする著作が登場した。著者は教育社会学を専門とする名古屋大大学院教育発達科学研究科の内田良准教授。日本教育社会学会、日本子ども安全学会の理事でもある。部活問題対策プロジェクトの協力を得ながら膨大な調査研究をもとにまとめたもので説得力・信ぴょう性ともに抜群の著作と云っていい。なるほど、考えてみれば見るほど不思議なことだらけである。

先ずは第1章 屮哀譟璽勝璽鵝廚鮓える化する”にはじまり、⊆主的だから加熱する自主的なのに強制される➃強いられる『全員顧問』の苦しみザ軌の働き方改革α膿佑顧問Р畩蠅蔑習、自己、暴力╂萓犬燭舛立ち上がった!未来展望図とつづく。最後は部活動のリアル、として対策プロジェクトとの座談会で締められている。

 

上京した折、偶然にも八重洲ブックセンターで行われた憲法学者・木村草太と著者・内田良の対談に居合わせることができ本著のことは気になっていた。その時の対談でも基本的には文科省教育課程における学習指導要領の観点で部活動はあくまでも自主的自発的参加として規定されていながら云々…、ということで話がすすめられたと記憶している。切実な問題を抱えていた参加者からも部活動をやめさせたいけどやめられない、“空気感”や“周囲の眼”にどのように対処できるか等々の質問もあった。

部活動は何故加熱するのか、このことは生徒のみならず実は先生の側も共有する深刻な問題となっていることをふまえて解決することが求められている。

膨大な時間を必要とする部活動は土日もない時間外労働でほとんどがボランティアと云う就労問題にもなっていて本来の学習指導にも支障をきたしているのが実情だという。部活動は補習などと同じように教育課程外の位置づけではあるが学校教育の一環に含まれる活動である。事実としてそれなりに教育的効果は充分認められるし、教育の観点からみても有効な手段であることを否定するつもりはない。

だが、部活動は法律の及ばない無法地帯であるがゆえに「グレーゾーン」として歯止めが効かないのだ。実際問題、強くなれば楽しくなるし周囲の評価も学習指導の結果以上に分かりやすいという点で地域や保護者とともに成果を共有できエスカレートしやすい状況もある。このことは運動部だけでなく文化部においても同様、高校野球やプロスポーツ、さらにオリンピック競技にまで影響が及んでいる。

それなら、部活動に時間制限を加えるとか、自主的に地域の専門的なクラブに所属すことで個々の能力を伸ばすなどして解決できそうにも思えるのだが、地域格差やコスト等々の問題もありそう簡単ではなさそうだ。

ひと頃、手段と目的ということが気になっていたものだが、部活動問題も手段と目的が転倒しているようにも思えてくるから不思議だ。学習指導要領からすれば部活動はあくまでも教育の手段であるはずのものが目的化しているとも考えられる。そうなれば本末転倒、公教育は成り立ちそうもない。

このグレーゾーンであるがゆえの矛盾、本著は現場で悩む生徒や先生たちが抱える切実な問題にスポットを当て本来的な活動のあり方を問う。部活動の現状を知る必見の一冊と云えるだろう。

 

 

佐藤忠良の彫刻と素描

  • 2017.11.12 Sunday
  • 11:14

 

広島市西区井口、アルパークとなりの泉美術館で開催中の開館20周年記念企画「佐藤忠良展」はコンパクトでいい内容の展覧会だった。

最終日にもかかわらずゆっくりと落ち着いた気分で鑑賞できたのも良かった。この美術館には何回か来ているのだが、コーヒーも美味しくあらためて心地いい美術館だと思った。


彫刻家のみならず佐藤忠良は東京造形芸術大学の開学にも尽力した教授でもあり教育者としての視点にもスポットをあて、ヒューマニティーあふれるこの作家ならではの好企画となっていた。

とりわけ、佐藤が勉強のため個人的に集めた数々のコレクション(宮城県立美術館所蔵)の展示はたいへん興味深いものがあり素晴らしかった。

 

 

 

由宇町文化協会

  • 2017.11.08 Wednesday
  • 13:23

 

この間は念願のドキュメンタリー映画『ふたりの桃源郷』を鑑賞できて良かった。

芸術の秋ということなのか岩国市内各地で文化の日の連休に合わせていろいろな企画があったらしい。 由宇町文化会館ではこの映画を中心に各種作品展や周防大島町在住の兄妹タレント・マウンテンマウスのライブなどがあり会場は満員御礼となっていた。

 

カミさんらはシンフォニア岩国で行われた市の文化関係者の受賞式や祝賀会でたいへんだったようだ。これには直接関係してはいないのだが、たまたまお茶の先生が受賞されたということで参加となったらしい。気がつけば知った顔はほとんどなく岩国市はいつの間にか芸術都市宣言などしていて市役所内では意味不明の展覧会が企画されているというからびっくりする。一体全体何のつもりでこんなことをするのかサッパリ分からん。どういうわけかその式典に衆議院の岸信夫もおったというから本当にお笑いである。

 

由宇町の方も岩国もさほど変わりはないが、若い人は皆無でほとんどは高齢者というのも同様にそれは深刻な問題でもありまことに奇妙な光景といえる。

『ふたりの桃源郷』は多くの人を感動させる。

『人生フルーツ』も素晴らしい作品だったが『ふたりの桃源郷』には、もっと根源的な問いが隠されているようで沈黙させられてしまうのだ。二人の心はどうして山にあったのかと考えさせられるのだ。

人は土とともにあり土にかえるとでも云えばいいのか、さらに家族とは絆とは幸福とは尊厳とは等々、いろいろな角度で現在を相対的に捉え返す契機としてこのドキュメント映画はぼくたちの内面へと突き刺さってくるからすごい。文化の日、皮肉にも「文化」の対立概念としてある「自然」ということについていろいろと考えさせられる日となった。

 

岩国市がいくら芸術都市宣言をしたところで容易くそれが成り立つはずもなく、あらためて天地の恵みとともにある人々の姿に感動を覚え、とにかく「ゆっくりコツコツ」というスタイルの大切さを感じることになった。この映画をみてぼくはそう思うのであ〜る。

 

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   
<< February 2018 >>

絵画のいろは展2017


2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室


この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。

子どもの作品が大人気
IMG_0794.JPG

 

グループ小品展2016


2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員
この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
DSC02667 (640x479).jpg
DSC02671 (640x480).jpg
DSC02692 (640x479).jpg   

原田文明展 ドローイングインスタレーション2015


2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
DSC02436.JPG
DSC02391.JPG
DSC02396.JPG
ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」



本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

517ydey48iL._SX361_BO1,204,203,200_.jpg
『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

DSC02741 (480x640).jpg
『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

51R+Apq-0JL._SX370_BO1,204,203,200_.jpg
『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

141031_1706~01.jpg 
『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

41J43ixHw8L._SS400_ (2).jpg
『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

69663364.jpg
『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

413lMQXsDeL._SS500_.jpg
『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

414gBTpL75L._SX334_BO1,204,203,200_.jpg
『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

518ICmgpwKL._SS500_.jpg
 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

100917_2226~01.jpg
『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

IMG_0104.jpg
『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


朝はだんだん見えてくる 理論社.jpg
『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM