ピカソの気分で

  • 2018.02.24 Saturday
  • 17:20

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今日はピカソの気分で絵を描いてみることに・・・

まずはピカソが考えた絵について話をすると意外にも子どもたちは集中して聞くことができた。以前にもマグリットをやったことがあるけど子どもたちは興味深い反応をするからおもしろい。日々の会話の中でもマグリットやピカソの名前がふつうに出てくるのもおもしろいのだ。

この作品はツムちゃん(一年)が描いたもの。白いところが多くて楽だった。

 

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こちらはイダちゃん(年長)の作品。黒がまざって濁ってしまったのでクレヨンで修正すると意外にもザラザラした感じになっておもしろくなった。

 

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いま、奮闘中のメグ(三年)。もう少しでできあがり・・・?

 

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こちらはホンマもんのピカソ。

 

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今日の海斗くん(五年)も頑張った。本当はもっと描けるのだが・・・

 

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ほかの人とちがうことをピカソのように考えてみるのは楽しい。

考えるだけでなく本当にそれにトライするのは勇気がいるが、思いもしなかった楽しさも確かにある。今度はゴッホでもやってみるかな?

 

贋作

  • 2018.02.23 Friday
  • 15:25


あははは、この絵はいま描きあげたばかりのスミさんの贋作『河上左京筆 静物(リンゴとブドウ)』でした。


本物はコチラ、、、。



河上左京は岩国出身の経済学者河上肇(1879〜1946)の実弟で岸田劉生らと同時代に活躍した画家。当教室のメンバーだった松山トシコさんのお父さんという続柄だ。

この作品は左京のあたたかみのある静物画の特長を端的に表していて一目でそのものと分かる代表作の一つといえるかも、、、


米軍のスポーツ関連施設

  • 2018.02.18 Sunday
  • 18:23

かつて、岩国の市民に親しまれてきた“鎮守の森”(愛宕山)にこんな施設が、、、。

 

 

ソフトボール施設が2面。背後に見えるのは国立医療センターの関連施設。

 

 

米軍のキズナスタジアム正面入口。日米の国旗があげられています。

この間は広島カープ由宇二軍球場の一部補修工事のためカープ二軍キャンプが3〜4日間おこなわれ、ルーキーの中村選手目当てに多くのファンが詰めかけたばかりだ。

 

 

バックネット裏の観客席。5月には広島カープ二軍の公式試合が予定されているらしい。

 

 

こちらは内野席スタンド。今日は地元の野球愛好家たちが練習していますね。

 

 

こちらは外野席方向。

 

 

米軍岩国基地の滑走路もよく見える。手前左下は高水高校、岩国短期大学。

 

 

こちらは完成されたばかりの陸上競技場、背後にはカルチャーセンターの関連施設。

 

 

バスケット施設2面。そのほか、バーベキューなどが楽しめる関連施設が10〜20個、遊園施設やグリーン広場を囲むように外周にはジョギングコースも備えられている。

 

すごい施設が出来たもんだ。極東最大級の高機能を備えた複合的な新基地の〈おもいやり〉施設だ。

つまり、これらの施設は米軍再編を受け入れ軍事戦略都市となることと引き換えに借用が許可されたということになる。

今日は久しぶりの好天気に誘われてはじめてこの施設を散策してみたが、少子高齢化が著しい岩国にとって今後どんな意味をもってくるのだろう。

 

さらに、テニスやサンドバレーなどの施設も完備されることになっているという。

 

 

保育園の子どもたち

  • 2018.02.08 Thursday
  • 17:14

 

 

今日は朝から広瀬保育園へ、、、

幸いなことに国道187号の路面は乾いていてスリップの心配はなかった。以前、錦川の最大の難所といわれた友廻の赤瀬でスリップしたことがありいつも気になるのだ。

 

道の駅『ピュアラインにしき』の国道沿いにある温度はマイナス3度を示していた。

 

 

いつの雪なのか周辺には5〜6センチの雪とツララがある。

 

今日の保育園では<おはなしの絵>を描くことが課題。いろいろな絵本の中から『てぶくろ』を描くことに。今日の景色にぴったりのお話しだ。

 

 

 

おっ、豆まきの鬼の面があったのでちょっと失礼してみよう。

 

 

 

これはおもしろい!よく出来ていますね。

 

 

 

 

 

武井武雄という人

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 14:57

表紙(『コドモノクニ』第8巻第7号) 1929(昭和4)年

 

   

むしのまち(『よいこのくに』第3巻第7号) 1954(昭和29)年

 

地上の祭(空想)

 

夢はシャボン玉の様に

はじけてしまふ。が

空想の子は飯を食ふのか

やがて成人して未来に

號令をかける。

弄ばれたまゝ人間に見離された

空想の子供は 千切れ千切れに

空を飛んでゐる。

 

今、周南市美術博物館で開催中のファンタジーの王様・武井武雄展(2月18日まで)をみる。

ひさしぶりに徳山の周南市美術博物館へ行ってみるとロビーには開催中の武井武雄を中心に絵本やカルタなどいろいろなグッズが並べられていた。

はじめてみる武井武雄の作品はファンタジーの王様といわれるだけあって楽しい作品でいっぱいだ。色彩が鮮やかでそのうえモダンときているからなおさらだ。同時代に北原白秋、茂田井武、村山知義、初山滋などそうそうたるメンバーが顔をそろえている。

大正ロマン、昭和初期・中期が活動の中心だから団塊世代の端くれのぼくなどが子ども時代に教科書や絵本で接することの多かった人々といえる。

なかでも武井武雄はきわめて異質、あの巨匠サルバドール・ダリでさえびっくりするくらい独特のパラノチックな世界を突き進んだ稀有な人ではないかと思えた。時代が時代だからロシア構成主義やシュールリアリズム、アールデコの影響も少なからずあるような気もするけれど、この人は他の追随をゆるさないほどの徹底ぶりでおもしろいのだ。

 

刊本シリーズ全巻139冊

 

こやぎとたいこ(『チャイルドブック』第22巻第2号) 1958(昭和33)年

 

とりわけ、全139巻刊行のほとんど趣味的で贅沢のきわみともいえる「刊本シリーズ」は生涯を通じて制作されたライフワークといわれるが、この人の場合はすべてがライフワークといっていいのではないだろうか。ぼくはそう思う。一貫してみてとれるのは児童文化研究家としての姿、その眼差しと立ち位置といえそうな気がする。

 

ピカソやミロのように人間の本質、その深層にせまるプリミティヴアートでもないし、また佐藤忠良の『おおきなかぶ』のリアリティともことなるものであり、ポエティックな広がりとアイロニーを感じさせる不思議なおもしろさがあるのだ。そういう意味ではむしろ、となりの部屋に常設されている詩人・まどみちおの絵画と共通するような気がしてくる。

 

第五の世界 1966(昭和41)年 ミニアチュール

 

乙姫像 1971(昭和46)年 ミニアチュール

 

武井武雄は絵画や出版に限らず、EKABO(おばけ)シリーズとかイルフ(ふるいの逆)シリーズとか、ふるい玩具や各地の小物をあつめたりつくったりする独特の活動をした茶目っ気たっぷりの不思議な人物といえる。

だが、武井がきわだっているのはその時代を風刺する覚めた感覚をそなえていることと徹底して細部にこだわる偏執性のもちぬしということではないか。それゆえに彼が軸足をおいた童画のスタイル(様式)も表現者としてもちあわせた必然的な方法論といえる。けだし、ライフワークとなった【刊本シリーズ】などはそのことを端的に物語っているのではないか。

 

鳥の連作NO.13 1975(昭和50)年

 

2番おばけ 1956(昭和31)年 タブロー

 

この展覧会は長野県の岡谷市にあるイルフ童画館の協力を得て実現されたようですが、この機会に独特の武井武雄の世界にふれてみてください。おもしろいしとても楽しい展覧会でした。

ふーむ、周南美博!なかなかやるな。

 

 

ぼくのこえがきこえますか

  • 2018.02.01 Thursday
  • 17:15

 

『ぼくのこえがきこえますか』(田島征三 童心社)すごい絵本です。

この絵本は中国・韓国・日本の絵本作家が手をつなぎ、子どもたちにおくる平和絵本シリーズの中の一つ。田島さんのイメージが声となって溢れ出すように生き生きと描かれています。

私ちは、たとえば「こころ」や「たましい」という眼に見えないものをどのように描くことができるのでしょうか。田島さんはこの絵本で独特の激しい筆のタッチと色彩、またうすい色彩で流れるようなマチエールを駆使しながら絵と戦争の話をみごとに描きあげています。

 

 

 

くらくて さむい。

ぼくは しんだんだろうか。

めも みみも ないから

なにも みえないし、

なにも きこえない。

 

 

でも、ぼくの こころが

なにかを み、

なにかを きき、

なにかを かんじはじめている。

 

 

ぼくたちの すがたは だれにも みえないけれど、 あなたに つたえたい。

 

ひとが ひとを ころす せんそうのこと。

あなたと おなじように いきていた ぼくたちの こと。

 

大寒

  • 2018.01.29 Monday
  • 01:25



うーっ、何だこの寒さは、、、

訃報

  • 2018.01.24 Wednesday
  • 15:16

名作『ゲド戦記』、SFファンタジー小説の巨匠ル・グウィン氏(88歳)が亡くなられた。日本では清水眞砂子さんによって翻訳され多くの人々に親しまれた作品だ。

ぼくは『キッズパワープロジェクト2005大人の子ども、子どもの大人』の企画に際して5〜6巻のこの作品を読了した。とりわけ第2巻『こわれた腕輪』アチュアンの地下迷宮の物語は印象的だった。

その後、そのプロジェクトに関わった地域の人たちと一緒に瀬戸内海にあるアートの島・直島の地中美術館を訪ねた際にもそのことを思いだした。その地中美術館はいうまでもなくクロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームス・タレル、建築家・安藤忠雄の4人の作品で構成された美術館でまさしく地中にあった。

 

『ゲド戦記』は架空の地図、架空の場所を舞台に繰り広げられる架空の物語で壮大なスケールで描かれた小説だが、とりわけ作品そのものの構成と展開、ロマンに満ち溢れた大作には圧倒された。

キッズパワープロジェクト2005の記念講演とシンポジウムに参加された清水さんは、ル・グウィンの『ゲド戦記』の翻訳におよそ30年かけて取り組まれたといわれた。その後まもなく、その功績に対して日本翻訳賞が贈られ大いに話題にもなった、と記憶している。

 

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一方、数日前に報じられたように評論家・西部邁氏が他界されたことも個人的には大いにショッキングなできごとだった。とはいっても『批評する精神』『大衆への反逆』など数冊の著作にしか触れていないのだが、テレビの「朝生・・」番組、対談や西部ゼミナールでの保守思想の理路は痛快でまことに説得力があった。

最近では昨年の衆議院総選挙の後、偶然にBSフジテレビに共産党の小池晃とともに出演されたようすは記憶に新しいところだった。その番組ではインタビューに答えて、保守革新、右派左派を越えた視点で現況を語るものだったが、不思議なことに両者が嚙み合っていておもしろかった。

 

ともにご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 

さととめぐの自画像

  • 2018.01.20 Saturday
  • 19:07

 

先週は新年早々にインフルエンザでお休みしたこの姉妹。今日は元気になって一週遅れの自画像にとりかかった。

 

 

時間が足りなくて二人は鉛筆画になったが結構おもしろく仕上がっています。これ、何となくモディリアニの雰囲気がしていいですね。

 

ピュアラインにしきの猪

  • 2018.01.18 Thursday
  • 19:36

 

道の駅にいた猪。

なにを考えているのだろう。

ひとりでゆっくりと歩きながら行ったり来たりをくりかえしていた。

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絵画のいろは展2017


2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室


この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。

子どもの作品が大人気
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グループ小品展2016


2016年9月21日(水)〜9月25日(日)
主催:原田美術教室会員
この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015


2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」



本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


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『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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