各地の被害

  • 2018.07.10 Tuesday
  • 16:21

 

錦帯橋橋桁まであと1メートル

 

 

横山河川敷のグラウンドの冠水

 

 

冠水した吉香家茶室の門

 

市内各所でけっこう被害が出ています。この度の雨量はすごかったなぁ。

今回はダムの調整がよかったのかこの程度でおさまったが、放流があればもっと甚大な被害になっていたかも、、、

最近の災害、広島や倉敷の大災害のほかにも水や土砂、流木による形状変化が被害の特徴として共通しているように思える。

 

 

西中学校前の旧国道2号

 

 

その上の橋のところ

 

 

河内小学校の先に架かる橋の下流

 

これらは比較的小さな橋の橋脚に引っかかった竹や木によって流れが変わったためではないかと思われる。

 

九州北部や広島の安佐南区の土砂災害で注目されてきたのは流木や倒木に起因する大災害である。そこで、通過型砂防ダムや巨大な防水壁による対策が急務と云われるけれど問題はむしろ経済最優先で山(自然)を捨てたことが根本的な原因ではないかと考えるのがまともではないか

やはり、ダムや堤防だけでなく山を再生することで治水と新田開発をしてきた歴史に学ぶべきものがありそうに思えるのだ。

 

ブロック塀は倒れる。土砂や流木が川の決壊を招く。これらは国土保全を後回しにして、利便性や経済効率最優先で盲信してきた自然破壊が原因の一つとみられる。

ダムによる治水ではなく山を再生することを考えよう。

岩国では錦川の下流、横山、錦見、牛野谷にしても河川の氾濫に備えた対策を具体化することが求められる。

利根川流域ではそういうサッパ舟文化があったという。だから、救難ボートを世帯ごとに準備するとか行政ができないなら当然のことながら個人で取り掛かるしかないな。

 

 

  • 2018.07.06 Friday
  • 17:17

 

雨がほんとうによく降ります。

錦川の水量もすでに危険水域を越えているとか、、、

今日は愛宕会館も避難所として開放したということで午後の教室はお休みになりました。

 

中学のころの英語の教科書にイギリスの作家、詩人の雨という詩が冒頭に紹介されていました。

何ということもない詩ですが、短いのでよく覚えています。

 

RAIN (Robert Louis Stevenson)

The rain is raining all around,

It falls on field and tree,

It rains on the umbrellas here,

And on the ships at sea.

 

この雨はまだまだ続きそうです。

 


保育園の子どもたち

  • 2018.07.05 Thursday
  • 16:00

ひまわりの絵

お家と迷路

おっちゃんの顔

お花ばたけ

だんごの絵

カタツムリの絵

 

今日はあいにくの雨、「らくがき絵画」に取り組んだ。これまでは良くみて描くことに力点をおいてきたのだが、今回はらくがきのように自由に描くことで多様なおもしろさを考えようとした。

けっこう幅があっておもしろい作品が続々と仕上がってくるからびっくりする

以前にも子どもの絵について書いたことがあるけれど、まわりと違っていても「オレのがいちばーん」とおもって描くようにと云ってある。

 

 

静かな夜の風景

  • 2018.07.03 Tuesday
  • 16:09

よるのおと(たむらしげる作 偕成社)

 

『よるのおと』この度、産経児童出版文化大賞を受賞した絵本です。作者はたむらしげるさん。

歩いておじいちゃんの家に着くまでのわずか数分のあいだの夜の風景。池があり、蛙がいて、シカがいて、ホタルやスズムシや鳥たち、遠くをいく船や汽車。そういう夜の風景の中に聞こえる音。

虫やいろいろな生きものたちの鳴き声、水の音、汽笛‥‥など。

 

クワッ クワッ   リリリリ リリリリリ    ポーッ   ピチャ ピチャ   シュシュ シュシュ

 

この絵本に出てくる文字といえばこのような夜の風景の中で聞こえる音だけ。だが、この絵本はどこか果てしない宇宙へとつながっているようにポエティックな《広がり》を感じさせるところがあります。

さらに、単純化されたフォルムと絶妙な色彩がいいですね

 

静かな夜の池のようすがきれいですね。

 

大きな葉っぱの上には蛙、池の中に鯉がいますね。

 

《古池や 蛙飛び込む 水の音》

 

作者のたむらさんは小学生の教科書だったか俳人・松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」という俳句に接したときの不思議な体験について語っています。

この俳句から今ある日常のできごとがはるか銀河の宇宙にまでつながっていることを不思議に思ったとあります。ことばで説明できない9歳の時のできごとでしたが、このことがこの絵本をつくるきっかけになったのかもしれませんね。

こうしてみると絵本って本当におもしろいです。

この絵本はそのなかでもさらにさらに不思議な魅力があるように思います。

『よるのおと』っていうタイトルもいいですね。

 

 

マンガ

  • 2018.07.02 Monday
  • 11:55

 

久しぶりにマンガを読んでいる。この間から当教室で絵を描きはじめた岩本安奈さんオススメの坂本竜馬のマンガ。

なんと20数巻あるという。いま5巻めだが、読みはじめると段々おもしろくなってとまらなくなる。

この間も山口県立美術館では浦沢直樹展があったばかりだが、マンガの世界もすごい広がりがあっておもしろい。シビアな話もよく聞くけど若い人の間ではかなり影響のあるジャンルだ。欧米だけでなく中国アジアにも多大な影響を及ぼす日本のアニメやマンガ文化はいまやこの国のお家芸として経済成長戦略の一つともなっている。

そう言えば、今年当教室から京都精華のマンガコースに進んだ子がいたなぁ・・・。 

小野くん、元気に頑張っているかな???

 

 

共有した時間と記憶

  • 2018.06.29 Friday
  • 11:20

地図を広げて(岩瀬成子著 偕成社)

 

家族とはなんとも切ないものである。この小説を読んでいてそのようなことを思いながらふと自分のことをふりかえる。この本にでてくる鈴や圭とおなじ子どものときと父として家族の一人でいるときではまったくちがってくるのだが、とりわけ子どもの視線とその感覚のことを思えば、子どもは所与の条件をのみ込んだまま全身の感覚機能とありったけの神経をつかって日々のできごとに対峙していることがわかる。子どもの世界認識や体験のあり方そのものがそうなのだと云ってしまえばそれまでだが、著者はそのことを本当にリアルに描いていることに驚嘆する。

前作『ぼくが弟にしたこと』(理論社)について著者は「どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えないことだとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは」と記している。

 

家族を描いた作品は映画や文学のほかにも多々あるけれど、ここでは13歳の中学生になったばかりの女の子鈴の繊細な視線でみごとに描かれていることに驚くのだ。この生々しいまでにリアルな子どもの感覚とまなざし、それを描く作者は「文体」ということで考えれば〈現在〉という点においてどのような関係にあるのだろう、などと不思議な気がしてくるのだ。

たとえば、書くことで子どもを追体験しているとでもいうのだろうか。そしてまた追体験ではなく作者の〈現在〉として開かれている小説だと考えれば、当然のことながらそれこそが「文体」というものであり小説を書くことの思想というものであろう。それゆえに、本著は児童書というカテゴリーに風穴をあける魅惑的な試みといえるし、子どもから大人まで幅広い読者を対象とする小説ともいえるだろう。

 

物語は親の離婚によって離ればなれになっていた姉弟が母の死によって4年ぶりに父と一緒にくらしはじめるというもの。ここでは随所にさまざまな記憶がよびおこされる。つまり、鈴の記憶をたどりながらお互いをおもいやり新しい家族の関係を手探りでつくるという日々のようすが静かな調子で丁寧に描かれていくのだ。このことによって開かれる世界はある意味で著者にとっても新しい境地といえるのではないだろうか。

そういう新しい家族の日々をサポートするようにやってくる巻子という女性がいる。お父さんとおなじ高校に通った同級生だ。巻子さんは別の同級生と結婚して別れたのち「うちの年寄り」とよぶ自分の母とくらし絵画教室をしていて時おりやってきては食事をつくったり鈴たちと一緒に出かけたり他愛のない会話をしたりする。

 

「子どもって、なにかと苦労だよ。大人になるまでのあいだの荒波を一人で越えるんだもんね。波の大小はあるにしても。子ども時代をよく生きのびたなって、この歳になって思うこともあるの。親は自分が育ててやったみたいな顔をしているけども。ちがうんだよね」(p138)

 

もう一人、この物語の重要な人物として月田という同じ中学に通う同級生がいる。ふたりは学校の環境に違和感をもちながら今を生きる唯一の友だちとなっている。ふたりの存在は現在を客観視する設定ともなっていておもしろい。

お母さんとお父さん、ここでは夫婦の生々しい葛藤が描かれているわけではない。いうなれば、鈴(わたし)の視線を中心に家族へのおもいと記憶が震えるほどの繊細な感覚で捉えられ描かれているのだ。おもえば、自分自身にとってみても家族と共有した時間の質と量、その日常の記憶そのものがすべてのように思えてきたのだがどういうことだろう。

他愛のないことでお父さんと気まずくなったとき、鈴はお母さんの記憶をたどる。

 

生きていたお母さんはわたしを残していくことはできるけれど、死んでしまったお母さんはわたしや圭の前から消えただけじゃない。過去になってしまったのだ。過ぎてしまった時間の中にしか、お母さんはいないのだ。でも、ほんとうに?ほんとうにそれは過ぎてしまった時間なのだろうか。(p123)

 

母とともに共有した時間と記憶そして死、ほんとうにそれは過ぎてしまった時間なのだろうか。この鈴の問いそのものがこの作品の主題となっているような気がしてならない、ぼくはそう思う。

圭と鈴は4年前に一緒にくらした細江町のアパートをたずね共有した記憶をたどるように4年間の空白をうめていくが、やがてふたりは自分たちのマンションへと向かう。

日が暮れた空に輝いている月をみてふたりが「おお月だ」「きれいですな」という場面がある。「さ、帰ろうか」といって圭の肩に手をまわす最後の場面、それは本当に感動ものである。

『地図を広げて』まさしく《記憶》に残る作品といえそうだ。

 

四国犬

  • 2018.06.28 Thursday
  • 16:17

 

平成28年度山口県立美術館のコレクションに加えられた松田正平の《四国犬》ハチ。なんとも味わい深い作品です。飄々としていてどこか突き抜けたところがある。さらに、とても洗練されていて美しいです。

自由闊達な筆遣いで、白洲正子をはじめとする多くの文化人や知識人を魅了したといわれています。

 

この間の松元ヒロさんの笑ライブ、最後のネタ「熊谷守一」ともすこし共通しているような感じもするけれど、でもやっぱりちがうな。

香月泰男や宮崎進と同世代の作家だが、この温かさはどこからきているのだろう。

ホント、不思議な魅力ですこれは。

衝撃的な展開と筆力『ヘヴン』

  • 2018.06.27 Wednesday
  • 18:55

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ヘヴン(川上未映子著 講談社)

 

2009年に出版されたものだが、いまになってはじめて川上未映子の作品『ヘヴン』を読了する。だが、いま読みおえても10年間の隔たりはまったく感じられないことがわかる。

本著はきわめて衝撃的な作品とはいえ物語の構図はきわめてシンプルといえる。つまり、苛める側とそれを受ける側のはっきりした二極化で構成され描かれているのだ。だが、この作品がおもしろいのは苛めの対象となった二人が接近しコミュニケーションをとりながら過酷な状況をのりこえようとするところだろう。

生々しい苛めの描写だけでなく読者をひきつける力強さと緊張感その筆力はきわだっていて説得力もある。それゆえに作品のインパクトは衝撃的でさえある。

ひと言で苛めといっても現代社会が抱える特異な病理現象のようにみられがちだが、ある意味で私たち人間が抱える普遍的な命題とも考えられるのである。 

 

ここでは周囲の人とは少しちがう些細なことから苛めの対象とされたコジマとロンパリとよばれるぼくが設定される。つまり、ぼくは斜視でコジマは汚れた容姿をもつだけで一方的に苛められ抵抗さえできない状況にあるのだ。しかもその過酷な状況はクラスの全員で共有されていて“外”には決して洩れ伝わることも家族に知られることもない。二人は手紙を通じて互いに言葉を交わし、ときどき会って話すようになっていくが二人への苛めはますますエスカレートする。二人の関係は手紙のやりとりで少しずつ心の支えともとれる存在に変わっていく。

コジマは自分の家族について離婚した父と母の暮らしと目茶苦茶になっていく家族の関係について感情をぶつけるように語る。別の人と再婚して裕福な暮らしを自分と母はしているけれど、靴も作業着も汚れたままひとりで暮らす父への思いについて熱く話すのだった。

 

「・・・わたしがこんなふうに汚くしているのは、お父さんを忘れないようにってだけのことなんだもの。お父さんと一緒に暮らしたってことのしるしのようなものなんだもの。・・・」(p94)

 

「わたしは君の目がすき」とコジマは言った。

「まえにも言ったけど、大事なしるしだもの。その目は、君そのものなんだよ」とコジマは言った。(p139)

 

さらに、コジマは弱いからされるままになっているのじゃなく、状況を受け入れることによって意味のあることをしているという。やや自虐的なロジックに聞こえるけれどそれなりに説得力はある。

苛めの状況はさらにエスカレートしていく中でぼくはある日、二宮とともに苛める側にいる百瀬と激しく言い合うことになるが物語は思いがけない展開をみせる。病院の医師から斜視の手術のことをすすめられそのことをコジマに打ち明けるがコジマは大きく動揺し混乱する。

最終章の雨の日のくじら公園でのできごと、斜視(しるし)の手術をすることへの決断、物語はいよいよクライマックスを向かえていく。

本著は表面的には権力、暴力、欲望、支配というおよそ人間の理性とは対極にある行動原理のあやまちと正当性について問いかける作品ともいえそうだが、最近のトレンドでいえば反知性主義とでもいったところか。

なるほど、この圧倒する筆力と読者をひきつける凄まじい展開は衝撃的であり見事というほかない。川上未映子、並々ならぬ才能とすぐれた言語感覚を持ちあわせた作家であることはまちがいない。

紫陽花とサンショウ

  • 2018.06.17 Sunday
  • 13:14

 

わが家の紫陽花が満開になっています。紫のガクアジサイですがとても綺麗です。

 

 

サンショウの実を収穫。これも綺麗です。

 

新刊『地図を広げて』

  • 2018.06.16 Saturday
  • 20:05

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地図を広げて(岩瀬成子著 偕成社)

 

新刊発売中❗  

Amazonなどでも扱っています。


岩瀬成子の長編小説『地図を広げて』が偕成社から出版されました。

ぼくはまだ読んでいませんがとても楽しみにしています。

 

乞うご期待

 

 

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絵画のいろは展2017


2017年10月18日wed〜22日sun
10:00〜18:00
シンフォニア岩国企画展示室


この展覧会は、絵を描きはじめて間もない人から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している大人に加えて、これまでTRY展として活動してきた子どもたちを含む初心者から経験者までの作品を一堂に展示する原田美術教室の研究生およそ30人で構成するものです。
アトリエや教室での日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。また、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考える契機となることを願っています。「絵画のいろは」とはこのように制作上の技術の問題だけでなく、日常生活での活力や潤いのある生活のあり方を考える実践的問いかけに他ならないのです。
特に今回は子どもたちの作品を含めてそのことについて考える風通しのいい会場構成となっています。研究生として親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさや表現の多様性について考え、アートのおもしろさを伝えることで地域の芸術文化活動のささやかな普及と発展に寄与したいと願うものです。

子どもの作品が大人気
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グループ小品展2018


2018年10月3日(水)〜10月7日(日) シンフォニア岩国
主催:原田美術教室会員
この展覧会グループ小品展は、絵を描きはじめて間もない初心者から山口県美展・岩国市美展など他の美術コンクールや個展などで活躍している経験者までを含む原田美術教室の研究生で構成され、絵画のいろは展とともに隔年で開催するものです。 今回のグループ小品展では、日ごろの研究成果を発表すると同時に、人と人、表現と表現のふれあうなかで単に技術の習得のみならず、絵を描くことで何を考え、何を発見することができるかということ。そして、「文化的な営みと豊かさ」あるいは「活力と潤いのある生活」とは何か、という問いについて考えることを目的としています。 また、グループ研究生として互いの親睦を兼ねたコミュニケーションを大切にし、互いの作品を認める楽しさを発見すると同時に表現の多様性について考え、アートの楽しさを伝えることで地域の芸術文化活動の普及と発展に寄与し貢献したいと願うものです。
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原田文明展 ドローイングインスタレーション2015


2015年12月2日wed−6日sun 10:00−18:00
シンフォニア岩国企画展示ホール
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ドローイングインスタレーションは、ここ十数年にわたって絵画表現の可能性について考えてきた一連の仕事をとおして、偶然とも必然ともいえる結果として発見されたものです。私はこれまで「具体絵画」と称して、物質(素材)が表現目的の手段として扱われるのではなく、物質のあり方それ自体を色彩やフォルムと等しく絵画の重要な構成要素とする一連の作品を制作してきました。そこでは行為と物質がもたらす一回性の出来事をも絵画を成立させる重要な要素として捉え、作為的な感性によって空間へと展開されています。
つまり、そのことによって生成される新しい意味と存在の可能性をリアルな世界として位置づけ、その意味を問いかける主知的な営為と考えてきたのです。したがって、その作用のあり方は平面的な二次元の世界から室内空間(場所)を構成する三次元的な世界へとその機能性を拡張し、ドローイングインスタレーションともいうべき様式へと変容させ意識化されてきたとも云えるのです。
私にとってもはや絵画は物理的な意味においても多元的な空間へと自在に移ろうイリュージョンの世界へと変容してきたと云うべきかもしれません。それは身体として、あるいは存在そのものとして、確知されるべき対象として見えかくれするもの。換言すれば、世界を包み込む現存(リアルな世界)への希求の現われと云えるものかもしれません。 本展はこれまでの多岐にわたる活動をふまえて辿りついた新作ドローイングインスタレーションで構成する原田文明の現況を示すものです。

里の芸術一揆「里山 ART Project 吉賀」



本プロジェクトは隔年式のアートビエンナーレとして、将来の「地域」「文化」「くらし」を考える文化的なムーブメント(運動)をつくることを目的とするものです。また、地域の農耕文化や伝統に学び、芸術文化の振興発展と普及のみならず、「生活と芸術」「過去と現在」「人と地域」の交流を軸とする文化による地域づくりについて考えるものです。 このことは、吉賀町がこれまで取り組んできた自然との共存共生を願うエコビレッジ構想と合わせて、人間の営みとしての文化と里山の自然について考えることであり、里山に潜在する魅力とその可能性を再確認し文化意識の変革と活性化を推進するものです。 今回は、現代アートの最前線で活躍する8名のアーティストによる最新作を現地で制作し、地域住民とともにワークショップや生活文化など多方面での活発な交流が実現されるものと考えています。 2010年10月開催予定。

岩瀬成子話題の本棚



『ともだちのときちゃん』(岩瀬成子作 植田真絵 フレーベル館)
フレーベル館【おはなしのまどシリーズ】として出版された岩瀬成子の新刊『ともだちのときちゃん』は、イメージの広がりとこの年頃の子どもが経験する瑞々しい出会いにあふれています。(略)著者はそういう細部をみつめる子どもの感情をとてもよく描いていて、このお話しの最後のところでたくさんのコスモスの花にかこまれて青い空と雲をみつながら「ぜんぶ、ぜんぶ、きれいだねえ」とふたりの気持ちをつたえています。

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『ちょっとおんぶ』(岩瀬成子作 北見葉胡絵 講談社)
6才のこども特有のイノセントな感覚世界。この年ごろの人間だけが経験できる世界認識のあり方が本当にあるのかもしれない。あっていいとも思うし、ぼくはそれを信じていいようにも思います。名作「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ)が普遍的に愛読されるのもこの点で納得できる気がするのです。
この本の帯にあるように、絵本を卒業する必要はないけれど絵本を卒業したお子さんのひとり読みや、読みきかせにぴったり!といえるかもしれません。どうぞ、手にとって読んでみてくださいね。

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『マルの背中』(岩瀬成子著 講談社)
父と弟の理央が暮らす家を出て母と二人で生活する亜澄は、駄菓子屋のおじさんから近所で評判の“幸運の猫”を預かることに。野間児童文芸賞、小学館文学賞、産経児童出版文化大賞受賞作家による感動作!

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『ぼくが弟にしたこと』(岩瀬成子著 長谷川修平絵 理論社)
成長の予兆を感じさせるように父と再会した麻里生には、次第に人混みにまぎれていく父の姿は特別な人には見えなかった。著者は帯にこう書き記している。どの家庭にも事情というものがあって、その中で子どもは生きるしかありません。それが辛くて誰にも言えない事だとしても、言葉にすることで、なんとかそれを超えるきっかけになるのでは、と思います。

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『きみは知らないほうがいい』(岩瀬成子著・長谷川集平絵、文研出版)
2015年度産経児童出版文化大賞受賞。
クニさんの失踪、クラスメートの関係性が微妙に変化するいくつかのエピソード、昼間くんの手紙、錯綜するその渦の中で二人の心の変化と移ろいを軸に物語は複雑な展開をみせる。
最終章、米利の手紙にはこう書いてある。それはぐるぐると自然に起きる渦巻のようなものだった。「いじめ」という言葉でいいあらわせない出来事があちこちで渦巻いている学校。
それでも明るい光に照らされている学校。そして苦い汁でぬるぬるとしている学校。学校よ、と思う。そんなに偉いのか。そんなに強いのか。そんなに正しいのか。わたしは手でポケットの上をぽんぽんとたたいた。

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『あたらしい子がきて』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
前作『なみだひっこんでろ』の続編のようでもあり、“みき”と“るい”姉妹のお話となっているけれど、ストーリーそのものはそれとはちがうまったく新しいものである。 ここでは、お母さんのお母さんとその姉、つまり“おばあちゃん”と“おおばあちゃん”という姉妹がいて、知的障害のある57歳の“よしえちゃん”とその弟の“あきちゃん”の姉弟が登場する。 このように“みき”と“るい”姉妹の周りにもそれぞれの兄弟が重層的に描かれている。
第52回野間児童文芸賞、JBBY賞、IBBYオナーリスト賞を受賞。

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『くもりときどき晴レル』(岩瀬成子著、理論社)
ひとを好きになるとどうして普通の気持ちじゃなくなるのだろう。誰でもこのような不思議な感情に戸惑いを感じることがある。恋愛感情とも云えないやりきれない気持ちの動きと戸惑いをともなう心理状態のことだ。 本著は、「アスパラ」「恋じゃなくても」「こんちゃん」「マスキングテープ」「背中」「梅の道」という6つの物語で構成された短編集であるけれど、思春期を向かえる少し前になるそれぞれの子どもの現在としてそのやわらかい気持ちの揺れを瑞々しいタッチで描いたもの。

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『なみだひっこんでろ』(岩瀬成子著、上路ナオ子絵、岩崎書店)
今年度第59回課題図書に決定!

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『ピース・ヴィレッジ』(岩瀬成子著、偕成社)


大人になっていく少女たちをみずみずしく描く
「最後の場面のあまりのうつくしさに言葉をうしなった。私たちは覚えている、子どもからゆっくりと大人になっていく、あのちっともうつくしくない、でも忘れがたい、金色の時間のことを。」 角田光代
基地の町にすむ小学6年生の楓と中学1年生の紀理。自分をとりまく世界に一歩ずつふみだしていく少女たちをみずみずしく描いた児童文学。
偕成社から好評新刊発売中!

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 『だれにもいえない』(岩瀬成子著・網中いづる画、毎日新聞社)

小さな女の子のラヴストーリー。
点くんをきらいになれたらな、と急に思った。 きらいになったら、わたしは元どおりのわたしにもどれる気がする。 だれにも隠しごとをしなくてもすむし、 びくびくしたり、どきどきしたりしなくてもすむ。(本文より)
4年生の女の子はデリケートだ。 せつなくて、あったかい、岩瀬成子の世界。 おとなも、子どもたちにもおすすめの一冊。

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『まつりちゃん』(岩瀬成子著、理論社)
この作品は連作短編集という形式で構成され、抑制の効いた淡々とした表現で描かれているところが新鮮である。各篇ごとにちがった状況が設定され登場人物(老人から子ども)たちはそれぞれ不安、孤独、ストレスといった現代的な悩みを抱えている。その中で全篇を通して登場する“まつりちゃん”という小さな女の子は、天使のように無垢なる存在として現れる。その女の子と関わることによって物語は不思議なこと癒しの地平へと開示され、文学的世界が立ち上がるかのようだ。 岩瀬成子の新しい文学的境地を感じさせる魅力的な一冊ともいえる。

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『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著、集英社)
■ 1966年、ビートルズが日本にやって来た!14歳の少女が住む町にビートルズファンは一人だけだった。 ■ 「オール マイ ラヴィング」とビートルズは歌う。聴いていると、だんだんわたしは内側からわたしではなくなっていく。外側にくっついているいろいろなものを振り落として、わたしは半分わたしではなくなる。ビートルズに染まったわたしとなる。 ■ 岩瀬成子の新刊、1月31日集英社から好評発売中。“あの時代”を等身大の少女の目でみつめた感動の書き下ろし長編小説 『オール・マイ・ラヴィング』 ■ ビートルズ ファン必見の文学はこれだ!

51dCgDlcLQL._SS500_.jpg『そのぬくもりはきえない』(岩瀬成子著、偕成社)
■ 日本児童文学者協会賞受賞


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『朝はだんだん見えてくる』(岩瀬成子著、理論社) ■ 1977年、岩瀬成子のデビュー作。本書はそのリニューアル版で理論社の『名作の森』シリーズとして再発行されたもの。

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